講演会 講演録

  • 2019年6月6日
    「TWILIGHT EXPRESS 瑞風」のデザインを語る。
    (KENTEN2019基調講演)
    浦一也デザイン研究室 浦 一也 氏

    「ホテルが走る」をコンセプトにした寝台列車

     私は日建設計および日建スペースデザインを経て今のデザイン研究室を立ち上げ、この間多くの建築、特ホテルなどの設計を手掛けてきました。寝台列車『瑞風(みずかぜ)』は、山陰山陽を巡る計5コースを運行するディーゼル発電と蓄電池のハイブリッド車です。私はJR西日本から全体のプロデュースとデザイン統括で協力を依頼されました。
     コンセプトは「美しい日本をホテルが走る」。走るホテルではなく「ホテルが走る」とし、いつの間にかホテルが走っていた、といった感覚で楽しんでもらえる列車にしたいと思いました。サブコンセプトは乗客の世代を考慮し、「上質さの中に懐かしさを」としました。
     「懐かしさ」を表現するため、デザインの基調をアール・デコに決定。アール・デコとは1925年にパリで開かれた国際博覧会あたりから始まった装飾様式です。当時アール・デコは「最後の装飾様式」といわれ、それ以降は装飾的なデザインは非常に少なくなりました。時代とともに機能的なものが良しとされるようになったからです。より以前のアール・ヌーボーは曲線的で植物的な装飾を特徴としていましたが、アール・デコはコンパスと定規で描いたような直線的装飾を示していました。1926年が昭和元年なので、昭和世代の皆様にとっては懐かしいデザインなのではと思いました。
     車両の外観を手掛けたのは、インダストリアルデザイナーの福田哲夫氏。ネーミングは、JR西日本が長年にわたって北海道まで運行していた「トワイライトエクスプレス」を踏襲しました。色も緑と金色を受け継いでおり、『瑞風』の先頭車両は、金色の帯が5本、屋根まで続いています。(図1)。
     ルートは電化していないところは、沿線にも電柱や電線がありません。そのため車体も含めた景色が美しく見え、とても写真映えします。

    各車両に施された創意工夫が旅の気分を盛り上げる

     車両立面図を見ると、いろいろな形の窓があることが分かります。窓に合わせてインテリアをつくるのではなく、インテリアに合わせて窓をデザインしました。
     1号車と10号車は展望車で、他に一般のツインルーム、シングルルーム、ラウンジ、食堂車、スイートルームがあります。
     一般のツインルームは10㎡しかありませんが、非常に大きな窓が特徴で、天井も高いので面積以上の広さを感じます。夜間はソファが収納され、ベッドが出てきます(図2)。シングルルームはベッドが2段式になっている以外はツインと変わりません。シングルの方が少し低価格なので、大変人気があります。『瑞風』のツアーは抽選ですが、当選倍率は現在平均11倍とのことです(図3)。
     スイートルームは1両1室で約37㎡。エントランス、リビング・ダイニング、寝室、バスルームがあり、外に出られるオープンデッキもあります(図4)。バスタブがあるのはスイートルームだけです。このバスタブは特殊な仕様で、お湯が列車の揺れでこぼれないようになっています。JRの技術陣が何度も何度も実験を繰り返した結果、一滴のお湯も漏らさないバスタブが完成しました。
     他の乗客がスイートの車両を通り抜けられるようにするには大変な苦労がありました。室内を通るわけにはいかないので、ソファとベッドの真下に相当する部分に一段低いレベルの通路を設けました。断面図を見ると分かるのですが本当に狭くて、アクロバティックな通路になっています。
     食堂車はこの列車の華です。通路から調理風景が見られるオープンキッチンになっています。『瑞風』は白と黒を主体にデザインしていますが、食堂車はとりわけ徹底して白黒のみとし、花とフェルナン・レジェのリトグラフだけ赤を使うことで、フォーマルな雰囲気ただよう空間に仕上げました(図5)。鍋料理も食べられるようにしたいとのことで、JRではバスタブ同様に苦労と工夫を重ねました。やけどのおそれがある分、バスタブよりも危険でしたが、熱湯が絶対にこぼれない鍋を開発されました。
     ラウンジカーにはバーカウンターや立礼の茶の卓も備えました。食堂とは打って変わって、ローズウッドの天然木をふんだんに使った落ち着いた空間です。
     展望車は窓を大きく天井までとり、夜間に星空も見られるようにしました。1号車と10号車では床の色やシートのレイアウトを変え、異なる雰囲気に仕上げています(図6)。

    西日本の工芸品やアートをふんだんに

     列車内には、西日本各地から得たさまざまな調度品や備品、工芸品が配されています。テイストに共通性を持たせることで、巡りながら見る楽しみも味わえるようにしてみました。
     各車左右の円形ポーチの上には、アール・デコの文様を使った天井をつくりました。客室吹き出し口もアール・デコ風です。スイッチプレートは京都の飾り職人の手によるもので、色もデザインも全て変えています(図7①)。
     壁のパネルとパネルの間には目地がありますが、これも目地底のビスを見せないようにするため、京都の組紐職人に特別につくってもらった組紐を叩き込みました。緑と金の『瑞風』カラーで組まれた紐です。
     ドアには中国5県の名産天然木を使っています。ドアの引き手は日建スペースデザインのデザイナーとユニオンが制作したものです。ノブやレバーハンドルは狭い空間で引っかかってしまうため不向きなのですが、この引き手は40mmのドアの厚みに完全に収めることができるので、寝台列車にはうってつけのデザインといえます。
     調度・備品類には人間国宝・伊勢﨑淳氏による備前焼の花入れ(図7②)や、ガラスに封じ込めた截金(きりがね)細工、兵庫県豊岡で一つひとつ手づくりされた特注ハンガー(図7③)、鳥取県・中井窯の茶器、島根県・出西窯の茶器、山口県萩のカットガラスなどを贅沢に使っています。とりわけ茶道具は、三千家の茶道具制作を家業とする千家十職の各家に一部を依頼。300年前の茶碗を求めたり、大西清右衛門氏に新しい釜をつくっていただいたりして、新旧取り揃えてコレクションとして飾っています。紙釜敷(茶道具の一つ)には『瑞風』のデザインを取り入れてもらいました。菓子器や古帛紗(こぶくさ)もあります。
     アメニティ用のボックスは、兵庫県城崎の麦わら細工を使った桐箱です(図7④)。中身のアメニティも、エルメスの化粧品など一つひとつこだわっています。メモパッドをはじめとしたオリジナルのステーショナリーもいろいろ充実しており、乗客の皆様にとって楽しみの一つとなっています。

    『瑞風』の世界観を形づくるディティール

     ビジュアルデザインでは、『瑞風』の世界観を端的に表すアール・デコにこだわりました。エンブレム・サボ(出入口表示)・ウェイファインディング(道案内)・ルームナンバー・車内の説明・案内・メニュー・キーホルダー・ノーティス(注意書き)といったあらゆるサイン類は、オリジナルフォントとその使用ルールまで決めました。ルームナンバーのフォントはアール・デコに合わせて新しくつくったものです。
     手すりに付けたウェイファインディングは、どちらの方向が何号車かを示すためのサイン。間違えるとどこまでも行ってしまい、狭い中を戻ってくるのも大変です。
     その他パスのデザイン・ポスター・傘・バナーその他もろもろ、あらゆるものをデザインの対象にしました。このように『瑞風』では、アイデンティティを示すためにさまざまな環境デザインを展開し、“『瑞風』ワールド”をつくり出しています。それは施設デザインにも及んでいます。
     『瑞風』の出発駅は大阪・京都・下関ですが、早朝の発車なのでお客様は前泊します。大阪・京都では荷物を預けてガイダンスを受けてから乗車できるようになっています。
     京都と大阪の出発ラウンジは、系列会社のホテルグランヴィア内に設置しました。グランヴィア大阪やグランヴィア京都にはアール・デコのラウンジを特別に常設しました。『瑞風』の定員が34人なので、34人全員が座れるように椅子を用意しています(図8)。
     下関にはホーム内にモニュメントをつくりました。その昔、ホームには洗面台がよく設置されていましたが、それを懐かしんで形を真似たものを置いたわけです。(水は出ませんが)。さらに途中の停車駅にも専用の入口「『瑞風』ゲート」
    をつくりました。
     『瑞風』が途中で立ち寄る鳥取県の東浜駅は、一日20数人しか利用しない無人駅です。非常に老朽化していたため、駅舎を取り壊して新築しました(図9)。そばには廃園になった保育園があったのですが、町営のイタリアンレストランにリノベーションしました。美しい日本海と『瑞風』の線路に囲まれた最高のロケーションです。

    環境デザインの考え方で『瑞風』の世界観を共有

     外観とインテリア・サイン・家具・備品・アート・照明などとデザインを専門領域化して分けるのは、あくまでも企業の論理であり教育の論理です。デザインとは結局、「環境デザイン」というひとくくりだと私は考えます。生活者にとっては都市もテーブルの上も同じ環境であり、分けて考えていません。企業がそれらを分けているから、教育界でも学部や学科があるから分けているだけの話でしょう。本来は一緒にしなければならないのです。
     共通の世界観を築くために、『瑞風』ではいろいろなことにこだわりました。ひとくくりの環境デザインとして、チーム全体で考えを共有しました。それによって他ではない、『瑞風』ならではのものをつくり出そうと何年もかけて努力しました。クライアントであるJR、設計協力者、製造者と70回くらいミーティングを重ね、世界観を共有しました。素晴らしいチームで仕事に取り組めたことに今、改めて感謝しています。

TEKTON - 日本建築材料協会デザイン委員 -TEKTON - 日本建築材料協会デザイン委員 -