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2026年9月17日建築・建材展大阪2026セミナー
「環境建築の潮流 〜エネルギー性能からwell-beingへ〜」
(協力:一般社団法人 日本建築協会)坂口 武司 氏
(大阪電気通信大学 建築・デザイン学部 建築・デザイン学科 建築専攻 教授)
エネルギー性能の追求から幸福や豊かさの追求へ
環境建築は、エネルギー性能を追求する時代から「人の健康や幸福」と「地域社会の豊かさ」を追求する時代へと発展しつつあります。これが私の伝えたい本セミナーの結論なのですが、順を追って説明いたします。 私はこれまで数多くの建築や風土を見て回りました。例えばアルジェリアにあるサハラ砂漠のオアシス都市、ガルダイアは日中気温50℃の非常に乾燥した過酷な環境ですが、強烈な日射を遮る日よけを活用して暮らしています。打って変わって北極圏に近いアイスランドは、建物の屋根が土と草でしっかりと断熱されています。暖流の影響で、かなりの高緯度にもかかわらず人は暮らしていくことができます。一方日本の自然環境はこれらの国々と比較して穏やかであるといえます。日本人にはそのような穏やかな自然を愛する心があります。
国際的な省エネへの取り組み動向とその時代背景
環境に関する定量的データも概観しておきます。世界各国の温室効果ガス排出量の推移と、温室効果ガス低減やサステナブルな社会づくりに向けた国際的な取り組み動向を重ね合わせてみました(図1)。1996年、アメリカで建築の環境性能を評価する「LEED」というシステムが誕生。当時アメリカの温室効果ガス排出量は世界で1位でした。2002年、日本独自の建物の環境評価システム「CASBEE」が完成。この時中国の排出量がヨーロッパを超えました。その中国がいよいよアメリカを抜いた2005年、世界的なエコ建築の会議である「SB(World Sustainable Building Conference)」が東京で開催されました。そして直近が2015年のSDGsで、中国の排出量はすでに他国を大きく引き離していました。各種取り組み動向にはこのような時代背景がありました。
図1 温室効果ガス排出量推移と省エネ取り組み動向 環境建築の評価軸が、エネルギーから人・社会へと拡張
次に、省CO2や省エネルギーの流れの中で、くさびを打ち込んでいくような注目すべき動向を私なりに考察します。 まず一つ目が小玉祐一郎氏(神戸芸術工科大学名誉教授)による論文「持続可能な建築の現在」(2003)です。社会がエコ技術の開発や導入に躍起になっていた当時、小玉氏は、エコだけでなく未来の持続可能な社会を予感させる建築が必要であると述べました。エコ技術を積み上げた先に人の幸せはあるのか? そうではないはずだ、ということに、当時設計者として活動していた私自身もハッと気付かされました。 二つ目が、私の古巣である竹中工務店で行っていた環境人間学的建築「『エコ』で『エモ』な建築」への試みです。エコだけではなく「気持ちよさ」などの情感要素も評価する指標をつくりました。「エコ」の指標としてCASBEEを横軸に、「エモ」の指標として環境人間学的評価を縦軸に取った2軸による評価指標です。 三つ目が17のゴールを示したSDGs。ゴール3に本セミナーの主題である「well-being」が、ゴール11には「city」=都市、まち、地域社会という言葉が登場します。SDGsではこうした視点が出てきました。well-beingとは、心身共に健全で、経済的・社会的にも満たされている状態を意味します。日建設計総合研究所の調査では、「住んでいるまち、働いているまちに愛着がある人は幸福度が高い」つまりwell-beingであることが示されました。 これまでの時代、ZEB実現に向けた省エネルギーを達成するために知性や技術をフル活用してきました。しかしこれからの時代は、人の心や体あるいは地域社会や社会課題といったwell-beingにも向き合っていかねばなりません。well-beingへのシフトというより、環境建築の評価軸がエネルギーから、人・社会のほうに拡張していくイメージです。そうした理解がこれからは必要だと考えております。
これからの環境建築を予感させる事例の紹介
そのような問題意識を私自身が持ちながら見学させてもらった二つの事例を紹介します。1件目は“社会課題に対するトライアルの場”として2026年1月から稼働している日建設計北海道オフィスです。その社会課題とは、寒冷地におけるZEBとwell-being、および地域産材による木質建築への取り組みです。 1階は「PYNT HOKKAIDO」という共創空間で、地域の方々が入れる部分で、社内外の人々をつなぐ空間として機能しています。2・3階はオフィス部分。ミーティングに利用される「インナーテラス」には暖炉があり、従業員らが自分で薪を入れて使っているそうで、施設への愛着を醸成する役割を担っているように感じました。執務室の天井は構造体である北海道産トドマツのCLTがあらわし仕上げで用いられています。また、床には北海道産トドマツの圧縮材がフローリングとして使われ、外壁には製材時に出た端材が使われています。北海道では、かつて大量に植樹されたトドマツが、伐採期を迎えながらも使い道がないという地域課題を抱えています。その課題解決に取り組むため、外壁、床、天井、構造にトドマツを積極的に使用しているのです(図2)。
図2 ZEBとwell-being、および地域課題への取り組み例 同オフィスは、3.0以上でSランクとなるCASBEEのBEE値が4.4という極めて高い環境性能を有しています。ZEBの水準を満たす省エネ、創エネなどの技術は当然のこととして導入されており、「やるべきことは全てやった」上で、さらに地域課題の解決という次のステージに入っているわけです。
共創で新しい価値を創出するオープンイノベーション施設
もう一つの事例は、医療ガスや酸素などのガスを扱う高度な技術を持つエア・ウォーター(株)がつくった「エア・ウォーターの森」。共創と創出で北海道の社会課題に取り組む札幌市桑園のオープンイノベーション施設です。この施設は地域住民、スタートアップ、大学・高校、ファンドや銀行、自治体、研究機関、支援企業などが連携して新たな価値を創出するためのプラットフォームであり、地域貢献の一環として同社が場を提供しているという構図になっています。 4階が同社の北海道オフィス、3階がコワーキングエリア、2階がコラボレーションエリアです。2階エリアにはスタートアップや大学、研究所などが入居しています。そして1階は地域の人々が誰でも入れるエリアで、ホールやレストランが設置されています。「エア・ウォーターの森」も都市木造で、構造材に北海道のカラマツを用いてCO2固定を図っています。
well-beingの視点で場所や時間を選択できる学び方の研究
現在私がwell-beingの視点で取り組んでいるのは、ABS(Activity Based Studying)という、場所や時間を柔軟に選択できる学び方の研究です。これは働き方に関するABW(Activity Based Working)の考え方を展開した試みで、これからの大学や教育施設で実践できるのではないかと考えています。そこで私は、自身が教鞭をとる大阪電気通信大学の研究スペース「oecuイノベーションスクエア」を対象とし、チームで研究を進めているところです。このスペースは一般的な大学の研究室のような壁や仕切りがなく、8講座約90人の学生がワンルームで活動しています。こうした学びの空間の違いが学生の満足度や行動、研究・学びの質にどう影響するのかについて研究し、論文にまとめる予定です(図3)。
図3 ABS(時間や場所を柔軟に選択できる学び方)の研究 今までわれわれは、省エネや省CO2の技術開発と実建物への導入に注力してきました。これからは、そこに加えて、幸福や健康(well-being)と地域社会の豊かさを創造する建築がますます求められてくると思います。

