講演会 講演録

  • 2026年7月30日
    (2026年通常総会特別講演)
    「新国立競技場整備事業における施工の記録と技術的挑戦
     ―大規模プロジェクトを支えた施工計画・躯体・屋根工事の最前線―」
    船水 富士男 氏
    (大成建設株式会社 建築総本部 副本部長、エグゼクティブ・フェロー)

    旧競技場の歴史を継承し、「杜のスタジアム」へ

     旧国立競技場(1958年完成、1964年東京オリンピック開催)も当社で解体・新築工事を施工しております。
     新国立競技場は、当初案の工事費が高騰したことで白紙撤回になったことから改めてデザインコンペを経て当社が施工することになりました。当初から工期とコストコントロールを強く求められていたため、極力シンプルな構造にして施工性を高め、工期・コストを厳守することが重要でした。
     新国立競技場のコンセプトは、神宮の杜にふさわしい、木と緑の「杜のスタジアム」であり、杜を生かす環境型スタジアムを目指し、同時にスタンドからの「見やすさ」「近さ」を意識しています。

    7割以上をPCa化した基礎躯体工事

     2017年4月、基礎躯体工事に着手しました。ここで重要な役割を果たすのがPCa(プレキャストコンクリート)化による工程促進です。現場の新宿エリアは生コン会社から遠いため、一日に打設できるコンクリート量には限界があります。よって、現場で打設するコンクリート量を減らすために基礎部材をいかにPCa化できるかが工事の進捗を左右することになります。
     スタンド部の基礎は、十分な耐力と剛性を持つ鉄筋コンクリート造の直接基礎とし、7割以上をPCa化しました。これによって現場での作業量を削減し、品質・耐久性の向上と施工の効率化を図ることができました。
     PCa部材は主に当社の千葉PC工場で製作。部材は、製作時の作業性および輸送効率を考慮して、適切な形状に分割し、PCa化率を高めました。部材の性能確保と生産性向上のため、型枠は鋼製とし、先組みした鉄筋をセットしてコンクリートを打設。約16時間後にコンクリート強度の発現を確認してから脱型し、製品検査を実施する――このように、工場製作による高品質な部材を、現場の工程に合わせて供給していました。
     地盤への確実な荷重伝達のためには、基礎プレキャスト部材の設置位置と設置面が重要となってきます。そこで、部材の設置位置を正確に墨出しし、その後特殊なセメントと混和剤を配合したレベリングモルタルにより、水平で平滑な接地面をつくりました。
     基礎部材の設置はミリ単位の精度で行います。設置が完了した箇所から、基礎底盤の配筋、コンクリート打設など一連の作業を進め、基礎部分を構築していきました。

    地上構造は施工性を重視、同一フレームの連続施工

     次に地上部分の工程です。スタンドは、同じ形式の構造フレームを周方向に繰り返すシンプルな架構とし、主要な構造部材は工場でPCa化することで現場での作業工程を削減、より高品質な施工を実現しました。
     スタンドの構造フレームは、梁スパンの長さ、床レベルの段差、オイルダンパーや、ブレースの取り合いなどを考慮し、合理的な鉄骨造を基本としました。
     観客席の段床を受けるレイカー梁(斜め梁)は1ピース当たり最大20t超の大物部材で、このレイカー梁の設置をいかに早く進めるかが重要なポイントになりました。

     観客席を設置するための段床は、PCa化した二段一体型の段床としました。二段を一体型にすることで、段床の鉛直剛性を高めて揺れを軽減するだけでなく、部材ピース数の削減を図ることができ、施工性も向上しました。
     片持ち形式の屋根を支持する地上部の外周柱は、SRC造として、十分な剛性と耐力を確保しました。部材をPCa化することで耐火被覆や仕上げ工事を極力低減し、作業の省力化、効率化を図りました。
     スタンド施工は、同心円・同断面架構部材を採用することにより、各工区で円周方向に同一形状、同一スパンの工事を進めることができました。これにより各工種の労務、資材を平準化し、工事作業のサイクル化および、多工種、多工区で効率的な施工を効率化させることができました。
     また地震対策としては、下層階に柔らかい層を設け、オイルダンパーを集中的に配置することで、効率よく地震エネルギーを吸収するソフトファーストストーリー制振構造を採用しています。これにより、大地震発生直後も大きな補修をすることなく、安全に使用できる耐震性を確保することが可能となっています。

    屋根に木材を多用、ぬくもりを感じられるスタジアムに

     屋根は鉄骨材と集成材を組み合わせたハイブリッド構造で、全ての観客席から木のぬくもりが感じられるデザインとなっています。
     屋根面積 約4万5,000㎡、鉄骨重量 約1万5,000tで、鉄骨部分のみが構造的役割を担い、木材部分は、風や多少の振動など短期荷重を制御しています。
     屋根は、単フレームごとに自立できる片持ち形式になっており、その単フレームトラスを構造解析の結果をもとにして設置していきました。屋根のフレームは3ユニットで構成されており、2本の上弦材と1本の下弦材をラチス材でつなぐ三角形断面のトラスになっています。鉄骨に取り付けられた木材は、国産カラマツと国産スギの集成材で構成されています。片持ち長さ約60mの屋根フレームは、3ユニットに分割してフィールド内の地組ヤードで組み立てました。
     屋根内の点検歩廊や照明ユニットなどの設備機器も地上で組み込み、高所での作業量の低減に努めています。
     屋根フレームの建方は、1,000tクローラタワークレーン2機で吊り上げながら二方向へ同時に進めていくことで効率化を図っています。
     トラス設置にはベント(仮支柱)にて支える必要がありますが、これにはタワークレーンマストを柱部材とした大型仮支柱を用いました。シンプルでシステマティックなこの仮支柱のおかげで、安全かつ効率的に建方をこなすことができたため、内装工事や設備工事、フィールド工事の早期着手が可能となりました。
     建方の手順は、仮設時の安定性を考慮し、ブロックごとにユニット化して段階的に取り付けるというものです。その後、既設されている隣のユニットと、上弦材のウェブ面同士を高力ボルトで接合することで、屋根を構築していきます。こうして、単フレームごとに自立できる片持ち形式のトラスを周方向に繰返し建方することで、スタンド工事の進捗に合わせて、効率よく建方を進めることができました。
     長手方向の屋根にはむくり(膨らみ)を入れており、中央部で約4m盛り上がっています。このむくりによって屋根の構造を安定させています。このため接合部のボルトの位置が微妙に変わっており架構精度に留意しています。
     さらに片持ちトラスは先端が自立に近い状態なので、大型仮支柱を取り外すと変形が生じます。30数cm程度屋根先端が下がることが計算上分かっていましたが、施工してみないと分からないため担当者は大変だったと思います。実際には約24~25cm程度の変形にとどまりました。
     屋根の仕上げ材は、ステンレスシーム溶接の金属屋根でした。設計は、白色焼き付け塗装です。施工者としては、焼き付けなしでできないかとお願いしたのですが、太陽光を和らげるため等の理由から、原設計のまま進めました。
     ユニット化を実現したことで、屋根工事作業は順調に進み、予定通りの工期で完成しました。

    風の流れをコントロールする「風の大庇」

     屋根から外へせり出した「風の大庇」は、上空の風を取り込んで観客席やフィールドへ送り込む役割を果たします。庇のピッチを変えることで風の流れをスタンド側に向けたり、屋根のほうに逃がしたりといった設計上の工夫が施されています。これによって、フィールドから発生する熱や湿気、観客から発生する熱気などを、自然の風による気流循環で排出し、観客席とフィールドの温熱環境を改善しています。

     ちなみに大庇はアルミ部材です。
     アルミ部材に焼き付け塗装を施す際、設計者の隈研吾先生から「どうしても木が自然に朽ちていくような色合いを出したい」と言われ、10種類程度の色・模様をつくりましたが、結果的には5種類で構成されています。
     ここで大事なのが、選定された部材の配置決定です。配置が確定して初めて材料の発注が可能になります。

    フィールドに3日で敷き詰めた天然芝

     2019年春になると工事も最終段階に入ります。フィールド工事では、埋設配管、構造物の設置、芝張りなどを8カ月で完成させました。天然芝は24カ月以上育成管理を行い、生産圃場から直接運び込んで、競技場に適した高密度の芝張りをピッチ一面に行いました。フィールド工事全体では8カ月でしたが、芝張りに関しては朝4時頃から11時頃までの午前中作業で、わずか3日で敷き詰めました。

    圧巻の軒庇、47都道府県の認証材を調達

     2019年11月、当初の予定通りに新国立競技場は完成しました。47都道府県の木材による縦格子がスタジアム外周を取り巻き、連続した軒庇の水平ラインは、伝統的な日本建築を想起させます。3階から5階の外周には植栽が施され、5階には東京の都市景観を望む、1周およそ850メートルの「空の杜」が設置され、市民が気軽に散策を楽しむことができます。
     軒庇に使用した全国の木材は、全て認証材と呼ばれる、森林認証を取得した国産材です。「どこの木がどこに使われているの?」といった詳細までは明示せず、スタジアムの方位と北海道・東北・関東・中部・近畿・中国・四国・九州・沖縄の各地方の位置を合致させて「この地方のスギがこのあたりに使われています」といった程度にとどめています。
     当時、木材メーカーさんの提案で「47都道府県のスギ材を使いたい」と言われたときは正直なところ、少し困惑しました。全国の認証材が本当に調達できるのだろうかと。提案された時点で、沖縄にはスギが無いことが分かっておりその面でも苦慮しました。
     そこで沖縄の材料は、見た目がよく似たリュウキュウマツを使わせてくださいとお願いし、サンプルを確認の上了承を得ることができました。
     このような経緯で全都道府県の材料の供給が実現しました。いろいろな人の尽力で、集まった材料の質が予想以上に良過ぎて、設計の方々から「節がなさすぎて少し木材の表情が出ていない」と言われたほどでした。しかし供給側は地元の選りすぐりの木を出したいという思いがあったからでしょうから、そのあたりは設計者にご容赦いただきました。

    日照を計算したトップライトが自然光を導く

     天然芝に効率よく自然光を取り込めるよう、大屋根の南側にはトップライトを配置。天然芝は非常に繊細なので、日照が必要不可欠です。そこでトップライトの形状は、ピッチ面に対する日照分布シミュレーションから導き出した、冬季の天然芝育成に最も適した形状とし、冬至の時にも多くの太陽光がフィールドに入ってくるようになっています。

    最後に――3年間の軌跡

     最後に、3年間の軌跡をまとめた動画をご覧いただきます。
     本工事は、ピーク時には約2,800人の作業員が入っており、われわれ所員や設計者なども含めると約3,200人が関わっておりました。工事期間中、全国各地の工場、伐採現場等いたるところで大勢の方々が関与していただいていたことを、この映像を見るたびに思い出しております。
     私は本プロジェクトで、アスリートが東京オリンピックで活躍してくれることだけを願って、踏ん張ってきたのですが、2019年12月のこけら落としで最後の最後に改めて「やってよかったな」と思うことができました。プロジェクトに参加してくれた社員たちには苦労をさせてしまいましたが、若い社員たちがとてもよい笑顔で各支店に帰って行ったと聞き、肩の荷が下りる気持ちでした。
     関西圏の皆さまにも大変お世話になりました。VIPルームの見事な木は全て吉野杉です。他にも各所で多大なるご協力をいただき、本当にありがとうございました。

TEKTON - 日本建築材料協会デザイン委員 -TEKTON - 日本建築材料協会デザイン委員 -