講演会 講演録

  • 2026年10月13日
    建築・建材展大阪2026セミナー
    「建築は社会の記憶となる -歴史・風土を生かした建築デザイン」
    松尾 和生氏
    (和峯建築創造 代表(元日本設計)/日本建築家協会)

    歴史、伝統、文化―古いものから学ぶ

     私は学生時代から「自然こそ我が師」という考えのもと、自然美とりわけ光(自然光)を尊ぶ建築造形を大切にしてきました。建築は、その国の歴史・風土を表し、古いものから学ぶことは多いのですが、これまで手掛けてきた建築を見返すと、歴史、伝統、文化と真摯に向き合ってきたことに改めて気付かされました。
     1997年、奈良の藤原京東隣の集落にある260年前の古民家を再生するプロジェクトを手掛けました。その古民家は江戸期から昭和まで改修を重ね、その後は老朽化した状態で10年ほど放置されていました。蔵から出てきた文久元年の改修図からは、風水が描かれていて、当時の建築設計学の一つとして利用されていたことが分かりました。すでにCAD化の時代でしたが、あえて手描きで図面を描き、これが最後の手描き図面になりました。改修を終え、2000年に竣工したのがこの姿です(図1)。

     プロジェクト開始時、日本設計の創始者である故池田武邦さんは「21世紀は古いものを大切にする時代だよ」と言われました。私は、この建築を経験したから今の自分があると思っています。江戸時代の匠の技に触れたことが私の人生を変えたわけです。

    日本の伝統を取り入れ、記憶を継承する

     私の人生に大きな影響を与えたもう一つのプロジェクトは、古民家と同時進行したNHK大阪+大阪歴史博物館の現場です。プロジェクトに関わった人数は、顔の分かる設計者だけで150人程、設計図は3,000枚以上。古民家と同時進行した為、ほとんど休みなく、大変な毎日でした。この建築にも実は大阪城の伝統的要素が取り入れられています。ビルの曲線は、大阪城の石垣や刀の反りと呼応し、外壁には鎧のつくりが現代的にリデザインされ、ディテール化されています。
     2004年、大屋町の役場を新築したのですが、切妻の木造(町役場)を背後の山並みと風景を馴染ませ、円形の新ホールを既設ホール(毛綱毅曠さん設計)と呼応させました。町役場は、江戸時代から続く地域の伝統産業である養蚕農家の住宅をベースにリデザインし、エントランスホールには蚕の丸いイメージを投影しました。

    形よりも心を大切にする

     又、私は建築デザインにおいて、「伝統を継承する」「形よりも心を大切にする」ことも大切にしています。例えば、障子をガラス枠に入れ、透過光の中に現代的に表現したり、庇で直接見えていない空を水面に移り込ませて水鏡にしたり、あるいはアルミキャストの天井面に、拡散光で水面の波紋が映っているように見せたりし、人は自然光の様に意識せぬ光に感動することを伝える設計をしています。

    風土を見つめて建築に生かす

     私は地域を歩き、まちの人々を観じてから建築設計に取り組むようにしています。それが風土を生かした建築につながると考えているからです。
     姫路の淳心学院では、姫路城とその近くにあるキリスト教の学校とをいかにミキシングするかを考え、キリスト教を光で、素材を和風に表現することによって日本の伝統とキリスト教のデザイン的調和を試みました。芦屋の子羊の群れキリスト教会では、水盤の反射光を会堂内に取り入れ自然光が天と連なるような空間をつくりました。これは聖書の言葉「光の中を歩み」を空間化し、神との対話の中で光を追い求めた建築となります。
     2016年に竣工した高浜町役場では、美しい青葉山のシルエットに呼応するような屋根をつくり、漁師町屋の意匠を外観デザインに取り入れました。エントランスの空間は地元の大工たちが在来木造で建ててくれています。

    高知の歴史・風土をリスペクト

     高知城をリデザインした高知城歴史博物館は、歴史・風土をリスペクトし、その地の力を借りて、サステナブルな建築を実現しようと考えました。土佐の職人の方々が参加できる様に設計を進め、土佐にしかない博物館が完成しました(図2)。大きな菱形が印象的なカーテンウォールは、高知城の菱欄間を取り入れたもの。博物館の屋根の反りは、大手門の屋根の反りに合わせました。構造のハイテンションボルトをそのまま見せることで無骨なイメージを表現していますが、これは大手門の銅板を固定する鋲打ちになぞらえたもの。
     内部には土佐ヒノキ、土佐漆喰、土佐打刃物などを使い、エントランスホールは水底や波、船や鯨といった土佐の海を空間化しています。影が鯨の潮吹きを思わせたり、波打ったガラスを透過する自然光が水のイメージを彷彿させたり、外観の見上げや夜景も高知城とシンクロさせたりして、城の記憶を継承しています。
     同博物館には約6万7,000点に及ぶ実物の歴史資料が収蔵され、土佐の歴史をほぼ網羅しています。皆さまに足を運んでいただけると私も嬉しく思います。

    面白いものをつくってまちを明るくポジティブに

     2022年に新今宮に開業した星野リゾートの「OMO7大阪」は、「面白いものをつくって、暗くネガティブなまちのイメージを明るく超ポジティブにしよう」と、建築技術を駆使した楽しく優しい建築です。
     「OMO」は「面白い」「おもてなし」「おもいがけない」などの意味を込めたブランドです。クライアントからは、面白く、おもてなしにあふれ、階数を分からなくして“ビル感”を消し、環境技術を可視化できるホテルにしたい、といった意向が示されました。そこで私は「敷地の歴史からイメージする」「不規則デザインで窓を見えなくする」「伝統技術や文化から学んで環境性能を整える」ことを提案し、設計に取り組みました(図3)。

     この建築の唯一無二たるゆえんは、外装が膜材でできている点です。人が衣服を纏うように建築を膜材でくるむ世界初の試みです。カーテンウォールの方立に膜を下に引っ張り込むことで張力をかけています。その結果、夏場は太陽光を遮断し日射負荷を約45%カット、冬場は寒風がコンクリートに当たることを防ぎ、冷暖房効率を向上させています。竣工後、ヒートアイランドを和らげることも実際の外壁温度の測定で確認しています。
     この外装膜のアルミ無目には、LED照明を配備しているのですが、1万3,674個のLEDを制御して壁面に動画を映し出しました。これも世界初です。実は、この照明演出をプレゼンテーションした時は、まだ映像技術ができていなかったのです。竣工まであと1年の時、ギリギリで照射レンズの開発が実現した経緯があります。
     ガーデンエリア「みやぐりん」は、夏場に虫の鳴き声が聞こえるほどの静けさで、すぐ近くを行き交う電車や日常の喧騒とは対象的です。虫の声と電車の音がときに交錯して、思いがけない都会の中の「静」と「動」が体感できるのが非常に面白いと思います。
     「知識には限界があるが、創造力は世界を救う」とはアインシュタインの言葉ですが、建築を志して約40年、創造力の大切さを身に染みて感じる今日この頃です。創造力には限界がない。クライアントと共有した夢と理想を実現するのは創造力であり、その結果、幸福が生まれ、未来が変わっていくわけです。私はこれから、設計と同時に新素材やデザイン、ディテールの開発にも力を入れていこうと考えています。今一度、初心に還り、純粋に建築に向き合いながら生きて行こうと考えています。

TEKTON - 日本建築材料協会デザイン委員 -TEKTON - 日本建築材料協会デザイン委員 -