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2025年8月27日【建築・建材展大阪2025セミナー】
協力:日本建築家協会
「にほんの あらたな てしごと -茶室編-」
橋口 新一郎 氏
橋口建築研究所 代表取締役
飛鳥時代の土木技術を現代表現した「土の茶室」
私は京都で主に商業施設を手掛けており、伝統的な感性に寄り添ったものづくりを行っています。そこで本日は「茶室」を中心にいくつかのプロジェクトを紹介します。 安藤忠雄さんの設計で知られる大阪府立狭山池博物館では、狭山池の造成時に用いられた飛鳥時代の土木技術「敷(しき)葉(は)工法」から着想を得た茶室を制作しました。敷葉工法は土とアラカシなどの枝葉を何層にも積み上げていく工法のことですが、飛鳥時代の土木技術をそのまま使うのでは面白くないので、現代的に解釈した空間芸術、茶室として表現することにチャレンジしました。 ベニヤを中庭に並べ、それを土台として、約1カ月半をかけて約24tの土とアラカシの枝葉を積み上げました。完成時は、出土したときの飛鳥時代の堤と同じような表情の青々としたアラカシの枝葉が土のところどころに見えていました。4面のうち1面だけ崩れているのですが、崩れた面と成功した面を同時に見せることで制作の過程が伝わりますし、成功と失敗の間に正解があると考え、そのまま展示することにしました。最終的に分かったのは、アラカシの枝葉を敷くことで水を抜く層が生まれ、うまく土が固まるということでした。この茶室では、1400年前の土木技術「敷葉工法」を、700年前の空間芸術「茶室」として表現した芸術作品ですが、土の粒子や圧縮率などを詳しく分析すると、今後の土木技術の発展にもつながっていくのではないかと思いました。
工業製品で表現した「ボール紙とベニヤの茶室」
続いて何点かの茶室を紹介いたします。一つ目はボール紙とベニヤでつくった茶室で、私が専門学校で指導していた学生らの卒業設計展で展示したものです。会場の中央がぽっかり空いていたので、そこに段ボールで茶室を作ったらどうだろう? という当時の校長先生の思い付きから始まり、学生らと共に模型づくりから企画・検討し進めていきました。ボール紙もベニヤも、ホームセンターで安価に手に入る工業製品ですが、それに手仕事を加えることで、空間が劇的に変化することを学んだプロジェクトでした(図1)。 例えば床の間には30~40cmの段ボール短冊を約3,000本ぎっしり敷き詰めました。スタイロフォームなどを敷いて嵩(かさ)上げをし、上辺だけを整えることもできたのですが、人間の感性は想像以上に鋭いので“嘘をついた”表情ではすぐに見破られてしまいます。そうならないよう、真摯で正直なものづくりを心掛けました。おもてなしの心も学ぼうとお茶会も開催。後に京都国立近代美術館でも展示されることになり、室内外の意匠に少しバージョンアップを加えました。
図1 学生と作ったボール紙とベニヤの茶室 シルクロードを体感できる茶室
「新しい茶室をうちでも作ってくれませんか」と依頼くださったのが尾道にある平山郁夫美術館でした。そこで私は、平山郁夫が描いたシルクロードの風景をテーマにした茶室を作りたいと考えました。砂漠や遠景の山々という、人の手によらない外観の造形に対して、内部はキューブの空間と円錐の天井を施し、人が手を加えなければできない形、つまりシルクロードを行き来した物資として表現することにしました。アプローチ(露路)を含め、にじり口から入って茶道口を出ることで疑似的にシルクロードを体験できるといったものです。この茶室はコスト面が合わず、実現はしなかったのですが、普段目にする身近な工業製品でもここまでチャレンジできるのだということを示せたと思います。
伝統産業を救う「和紙の茶室|蔡庵」
次に手掛けたのは和紙で作った茶室です。越前和紙の生産者、表具師の方々からの『和室の衰退で仕事が減少している』という相談がきっかけでした。すぐ越前に足を運び、工房や職人の伝統技術を見ているうちに、クリエイターの一人として、何とかしたいと思うようになりました。街中に転がっている和紙の原料となる樹皮を取った後の枝を茶室の構造体に用い、廃版になった襖(ふすま)を縦に4分割して短冊状にしたものを串刺しにして積み重ねることで、新しい和紙の魅力を表現しようと試みました。 奈良の西大寺で催される大茶盛式に合わせて展示させていただいたのですが、屋外での制作過程で、夜露を吸った和紙がどんどん重くなって、積み上げても積み上げても沈んでしまい、完成させるまで大変な苦労をいたしました。でも朝方、この茶室が完成したとき、私の心は大きく動かされました。建築家の仕事は、住まいを建てたり店舗を出店したりと、ハッピーな時に依頼されますが、こうして苦境に立つ伝統産業を救うこともできるんだと、自身で作った作品に気付かされたのです(図2)。
図2 多くの人が訪れた和紙の茶室(西大寺にて) 「日本的なるもの」を現代建築に応用した「姫嶋神社|参集殿」
私は、「日本的なるもの」という概念を考察する中で、伝統をそのまま継承するだけでなく、現代的な解釈や革新を加えることで新たな価値を生み出すことが今後重要になっていくと確信するに至りました。その事例の一つが西淀川区の「姫嶋神社|参集殿」です。手漉き和紙の張り方を工夫することで現代的なデザインの障子をつくったり、アルミの鏡面材を使って漆塗りのような表情に仕上げたりと、材料を適材適所で使うことによって、「日本的なる空間」を表現できないだろうか、という発想でつくっています。 一般に流通している材料を用いたので、寺社建築としてはかなりコストを抑えることもできました。神社庁の方々が見学に訪れるなど注目度が高まり、今では全国から参拝者が訪れる「やりなおし神社」として高名な神社となりました。集まった収益は、参拝者に見える形で還元するということで、現在も新しいプロジェクトが進行しています。
「織物の茶室|霞庵」
襖には、和紙だけでなく、織物に和紙を裏打ちした高級なものがあります。その織物を製造する会社は、京都の木津川市にあり、工場を訪ねると、工夫に工夫が重ねられた織物の機械と、洗練された手仕事がうまくコラボレーションしており、その姿を見た時に、とても美しいと感じました。でも、その美しい姿は、一般の人はなかなか目にする機会がないですし、そこで働いている人も日常過ぎて、その美しさに気付いていないのです。そんな勿体無いことはないと思い、ここで感じたことをそのまま表現したものが、織物の茶室です。 織物の茶室は、下鴨神社・糺(ただす)の森で展示した後、京都国立近代美術館、建仁寺、泉涌寺、さらにはニューヨークのジャービッツセンター、ロンドン芸術大学、キュー王立植物園など国内外の多くの場所で展示され、和紙の茶室と同様に、形を変えることで人の興味に訴求し、日本の伝統的な技術や感性、その素晴らしさと大切さを伝える機会をもたらしました(図3)。
図3 襖の糸で作った茶室(下鴨神社にて) インテリアに使用される和紙素材の感覚評価
制作を続ける中、次第に和紙の価値をより明確に伝えたいと思い始め、和紙素材の研究にも取り組みました。和紙は、手漉き和紙だけでも3000種類程あるのですが、これだけあると、売り手も買い手も明確にこれが欲しいということを言い表すことが難しいんですね。 そこで、手漉き和紙と機械漉き和紙について、透明感、や高級感、親しみ感、明清感などの「感性評価」と、厚さ、透光率、色相・明度・彩度、摩擦係数、摩擦係数の変動、表面粗さ、圧縮剛性、圧縮エネルギー、回復性などの「物理特性」との相関を明確にする研究を行い、和紙の特性を示す共通の評価軸を作ることで、売り手と買い手の距離を近づける試みを行いました。これは、学会で論文として発表されていますので、ご覧いただくことができます。 こうした取り組みは、伝統技術や感性を残す手法の一つだと思います。和紙だけでなく、漆や木の表面など、他の伝統的な材料に応用できることも分かりました。 伝統技術は継承者の減少で危機にさらされています。私はそのような地域で、生産者や職人の方々が協力して資金を出し合い、継承者を残していくための仕組みを提案する活動もしています。伝統技術を継承しながら、伝統に革新を融合させて新たな価値を生み出すことが重要だと思います。

