私の建築探訪

  • 2023年5月20日
    丸福樓(まるふくろう)
    一番手前が入口となる旧事務所棟で、奥に棟が並ぶ
    一番手前が入口となる旧事務所棟で、奥に棟が並ぶ
    「あの任天堂・旧本社社屋がプレミアムなホテルに生まれ変わった !」と話題を呼んだのは、京都市下京区の鍵屋町正面通に2022年4月オープンした丸福樓です。貴重な近代建築ながらも空き家となっていた社屋は、建築家・安藤忠雄氏の設計・監修によって創業の地に返り咲きました。プロデュースと運営を手掛けるのはレストラン・ホテル・旅館事業を展開する株式会社Plan・Do・Seeです。同社に取材し、今回のコンバージョンについてお話をうかがいました。  「けんざい」編集部

    挑戦の原点である創業地でスピリットを伝える

     丸福樓がたたずむのは鴨川からすぐ西の正面通沿い。南北に長く軒を連ねて並ぶ昭和初期のモダン建築が、あの任天堂の旧本社社屋をリノベーションしたホテルだというのは驚きです。任天堂といえばゲームをはじめとするエンターテインメントをリードしてきた企業で、その名は世界にとどろいています。ゲームファンにとっては“聖地”と言えるでしょう。
     任天堂の創業は1889(明治22)年で、花札の製造販売を行っていました。建屋は1930(昭和5)年頃に建てられたもので、1947(昭和22)年に法人として設立された丸福株式会社(のちの任天堂)の社屋として、そして創業家である山内家の居住地として使われていました。丸福樓の名称はこの屋号を冠したものです。
     旧社屋の再生と公開の背景には、オーナーである山内家の思いがありました。任天堂の挑戦の原点である当地を、次世代への応援を込めて提供することで京都に恩返ししたいというものです。運営事業者であるPlan・Do・Seeによると、既存の建物を活かし、元のデザインや趣を残してコンバージョンすることに留意したそうです。山内家のスピリットをいかに建築デザインに落とし込み、現代の宿泊施設へと変換するかが重要なポイントだったとのこと。
     丸福樓のプロデュースに当たっては、京都の景観条例に則り、まちの景観になじみ、かつ地域の方々に愛される施設づくりを心がけたそうです。とはいえ、古い既存建築を生かして快適性や利便性を備えた宿泊施設につくり替えるのは容易ではありません。コンバージョンに当たって、天井高や建具のサイズを当時の仕様から現代の仕様に見合うよう考慮するほか、電気関係の整備や構造の補強も行う必要があります。その整備・補強自体の設計もさることながら、当時の趣を損なわないよう、かつ全てを現行法や条例に鑑みて仕込み直さなければならず、そこが本プロジェクトの難関だったそうです。

    新しさ・古さのハイブリッドが魅力

     丸福樓の見どころは新旧の対比と融合です。旧事務所など3棟の既存棟と、その一部を解体修復して増築した1棟の新築棟、計4棟が全体像で、安藤忠雄氏が新築棟の設計と既存棟全体の監修に当たりました。
     古い建築が醸し出す歴史文化の味わいと現代建築のスマートさが双方の特徴を引き立て合っています。
    「旧」の部分となる既存棟では、約90年前の建築様式や意匠がほぼ原形のまま残り、昭和時代にタイムスリップした気分になれます。宿泊客は南端の旧事務所棟から入るのですが、丸福樓の玄関口を担うこの棟は、入口に「かるた・トランプ 製造元 山内任天堂」と記された当時のままの社名版が飾られており、「挑戦の原点」としてカードを製造していた頃の任天堂に思いを馳せずにはいられません。重厚な大理石とレトロな豆タイルが彩る玄関ホールでは、かつての設備や備品がホテルの調度として再び活用されています。当時の受付カウンターを転用したレセプション、荷物運搬用のエレベーター、タイムカード打刻機の付属した時計などが、事務所だった頃の面影をうかがわせます。
     旧事務所棟の装飾は直線と幾何学模様で構成されたアール・デコ様式で、京都に現存する近代建築の中でも優れた意匠性を有しています。社屋として使う建物にこのような贅沢な趣のデザインを施すのは、当時かなり斬新だったのではないでしょうか。ここにも任天堂のチャレンジングな姿勢が見てとれます。
     一方、「新」の部分をつかさどる新築棟は、通りに面した外観全面がガラス張りの現代的な建物です。コンクリートを主体とした安藤建築らしいスタイリッシュな姿。古いタイル張りの外観を持つ既存棟の間に挟まった形で並ぶ新築棟は、新旧の対比を際立たせながらも、一体的に景観と調和しています。
     客室は洗練されたシンプルさが魅力ですが、大きくつくられた開口部から差し込む自然光の明るさが既存棟とはまた異なる開放的な雰囲気を演出しています。既存棟と新築棟の隣接部分に、新旧双方の持ち味をミックスした客室がしつらえられているのもポイントです。対比だけではなく、連続性を持たせて融合を図っているわけです。

    過去と現在をつなぐ歴史も再生、活用した事例

     任天堂創業の理念を表現したライブラリー「dNa(ディーエヌエイ)」は、挑戦を続けた任天堂の歴史と原点に触れられる場所として、山内家からの発案で設置されました。壁一面につくり付けられた棚には、花札をモチーフにしたアート、関連書籍、ファミコンなどマニアには垂涎ものの歴代ゲーム機がずらりと並びます。宿泊客とイベント招待客だけが入室を許され、任天堂のルーツを堪能できるのもファンにはうれしい演出です。
     丸福樓のコンバージョンは、歴史的建造物再生の一事例にとどまりません。「古いもの」を歴史と共に現在に復活させ、「新しいもの」と融合してこれからも人々に使われ続ける場所へと進化させました。「これは任天堂の歴史」という価値をも活用した好事例だと言えるでしょう。

    丸福樓 【所在地】 京都市下京区正面通加茂川西入鍵屋町342番地
    【TEL】 075-353-3355(代表)
    【URL】 https://marufukuro.com/
TEKTON - 日本建築材料協会デザイン委員 -TEKTON - 日本建築材料協会デザイン委員 -