私の建築探訪

  • 2022年6月10日
    大阪中之島美術館(けんざい275号掲載)
    外観
    外観
    大阪の歴史・文化の集積地であり、水都のシンボルでもある中之島に今年2月、新しい美術館が誕生しました。構想当初から長い時間がかかりましたが、多くの人々の「美術館を実現したい」との思いが結実。「展覧会入場者だけでなく幅広い世代の人が誰でも気軽に自由に訪れることのできる、にぎわいのあるオープンな屋内空間」と同館が定義する「パッサージュ(仏語で歩行者専用の通路の意)」を核とした、今の時代の大阪にふさわしい美術館が完成しました。 「けんざい」編集部

    注目の中之島エリアに第一級のコレクションを収蔵

     大阪中之島美術館は、大阪市が誇る第一級の美術コレクションと中之島エリアの魅力、さらに民間の知恵を生かして、都市の新たな価値を創造していくというコンセプトで計画された文化施設です。美術館建設の構想が最初に打ち出されたのは1983(昭和58)年で、実に40年近くの年月を経て完成しました。大阪市都市整備局企画部ファシリティマネジメント課長・洞正寛さんが、開館までの背景や新たな価値創造のための取り組み、建築的特徴などについてお話くださいました。
     「新美術館建設には紆余曲折があり、一度は白紙になりました。しかし、文化芸術のみならずまちづくりに貢献する施設が必要だという観点で議論された方針が2014(平成26)年に出され、具体的に話が動き始めました」と洞さんは言います。2017(平成29)年に設計案が決定し、2021(令和3)年6月末に竣工、そして今年2月、めでたく開館の運びとなりました。
     最大の魅力が佐伯祐三やモディリアーニなどの名作群を含む、6,000点超のコレクションです。「約40年にわたり市民の方々から寄贈いただいたり、寄付金から購入したりして収集した貴重な作品です。これまで市の学芸員の手で大切に管理しながら国内外各地に貸し出して鑑賞してもらっていましたが、やっと作品たちの帰る所・居場所となるホームができました」。

    国内美術館で初となるコンセッション方式のPFI事業

     運営には、美術館・博物館では全国初となるコンセッション方式のPFI(所有権は公共主体で運営権を民間業者に設定する手法)を導入しました。
     この試みについて洞さんは、「集客力強化につながる効果的な情報発信や話題性のあるイベントの開催、魅力的で満足感の高いショップやレストランの提供、さまざまな分野のリソースやノウハウを持った企業と連携したエリアプロモーションの展開など、市だけでは難しい取り組みも、民間事業者が直接携わることで創意工夫をもって実行できるのではないか、といった期待、意図がありました」と言います。  美術館では初の事例となるため、見込んだ効果が現れ事業として一定の成果となれば、他の自治体にとってもよいモデルケースとなり、これからの美術館運営にとって新たな選択肢を示すことができます。
     本館1階には、豊富なアイテムを揃えたインテリアショップを擁し、今後、カフェ・レストランの開店も予定され、美術館という枠を超えた「楽しめる複合施設」となっており、これまでの美術館にはないサービス提供にも関心が集まっています。

    人と活動が交錯する都市のような美術館

     609枚のプレキャスト・コンクリート板で構成された黒いキューブ型の建物は、一見美術館とは分からない珍しい外観をしています。設計案は公募型設計競技で(株)遠藤克彦建築研究所に決定。「黒いキューブのデザインは、都市に埋没しない、中之島の新しい魅力やアイコンとしての存在感を示しています。美術館の建築の核となるのは、パッサージュの考え方なのですが、遠藤さんの設計案は、デザイン性の高いパッサージュ空間が新しい美術館の独自性につながるとして高い評価を受けました。
     パッサージュを建物の「背骨」と位置付け、展示ホール、ホワイエ、屋外空間であるアートデッキもパッサージュの一部ととらえ、1~5Fの吹き抜け空間を介して立体的につながることで、「さまざまな人と活動が交錯する都市のような美術館」を表現しています。  都市の回遊性を高めるため1・2Fは地上からもデッキからもアクセス可能で、誰もが気軽に訪れ、自由に通り抜け、アートをはじめとする多様な活動ができるオープンな空間となっています。
     また、最新の省CO2技術が採用されているのも特筆すべきポイントです。電力会社と共同で国土交通省のサステナブル建築物等先導事業(省CO2先導型)にプロジェクトとして採択されました。これは、同館の新築に当たり、中之島地区全体でエネルギーマネジメントに取り組むことを目的としたプロジェクトです。
     「美術館は、美術品保護のための空気環境など、展示・収蔵に多くのエネルギー消費を伴います。そこで、省エネルギー対策のほか、エリア全体での熱融通計画に基づいて、堂島川・土佐堀川の水を利用した地域冷暖房システムの導入、多様な熱源と水蓄熱槽の設置、その他の先導的技術の組み合わせによって、省CO2と防災力向上の両立を目指しました。時代が求めるサステナビリティを備えた、いわばスマートミュージアムです」。この仕組みによって、美術館単体だけではなく地区全体での省エネが可能となり、将来的に周辺施設が一体となって展開されていくことが期待できます。  同館はビジョンとして、「美術館の基本を『いま』に結び、『これまでにない』をめざす」ことを掲げています。歴史をつなぎ、美術館本来の機能を果たすとともに、全く新しい美術館像をめざす――どんな姿になっていくのか、見守り、応援していきたいものです。
    写真提供・取材協力:大阪市

    常時公開のために耐震補強、「工作物」から「建築物」へ

     高さ約70m、直径約20m、腕は1本約25mという堂々たる姿。目前で見上げるとその大きさが一層際立ちます。あまりの威容に、これは一体……塔なのか?建築なのか?芸術作品なのか?と、不思議な気持ちに包まれます。閉幕後、パビリオンは撤去される予定でしたが、 1974(昭和49)年に保存する方針が決定されました。
     「大阪万博当時の太陽の塔は『仮設建築物』。保存が決まり、公園のランドマークとして管理していくために、『工作物』として建築申請しました。しかし常時公開に必要な建築基準法上の耐震基準を満たしていなかったので、内部は半世紀近く閉ざされていました。2016(平成28)年、『建築物』にすべく耐震補強工事がスタートし、同時に常設展示にするための内部再生も行いました」と平田さん。
     耐震補強工事では、塔内の空間いっぱいに枝を広げる「生命の樹」および樹上に現存する生物群を残したまま足場を組みました。塔の脇から下の部分は、内壁に設置されていた音響拡散板を撤去し、耐震補強のためのコンクリート壁を内側に20cm増し打ち。肩から上の部分は筋交いを入れて鉄骨の数を増やしました。大阪万博当時のエスカレーターを撤去し階段に変更することで、塔自体の軽量化も図っています。

    当時の技術ではできなかったことを実現

     内部は、33種類の「いきもの」で生命進化のプロセスを表現した「生命の樹」がほぼ完全に復元され、当時の地下展示室を再現した「地底の太陽」ゾーンも新たに設けられました。平田さんによると、「今回の再生事業では、岡本氏が『もし現代の照明、音響、造形技術があれば必ずや実現したい』と考えていたことに取り組みました。塔内で繰り広げられる、40億年の生命の進化を躍動的にするための照明演出効果、個々の生物群が持つ尊厳の表出、私たちに『何か』を訴える生物群の眼の表現などを意識して制作されています」とのこと。これも頭に入れて鑑賞したいものです。
     去年、2025年大阪・関西万博が決定されるというタイミングも重なり、1970年大阪万博のレガシーである太陽の塔は一層脚光を浴びています。かつての大阪万博を体験した人、していない人、それぞれに感動や発見を与えてくれることでしょう。

    大阪中之島美術館 【所在地】 大阪市北区中之島4-3-1
    【TEL】06-6479-0550(代表)
    【URL】 美術館公式 https://nakka-art.jp/
TEKTON - 日本建築材料協会デザイン委員 -TEKTON - 日本建築材料協会デザイン委員 -