私の建築探訪

  • 2018年12月10日
    京都府農林水産技術センター茶業研究所(けんざい262号掲載)
    茶業研究所外観。背後に茶畑が広がる
    茶業研究所外観。背後に茶畑が広がる
    JR宇治駅から住宅街を車で10分ほど走ると、竹林のすき間から大きな木造の平屋が姿を現します。今年1月にリニューアルしたばかりの京都府農林水産技術センター茶業研究所です。背後には研究用の茶畑が広がり、茶葉が太陽のもと、まぶしく緑色に光っています。真正面に立つと、内部の天蓋がこちらに向かってせり上がってくるように見え、その構造にとても興味をひかれます。  「けんざい」編集部

    新時代の宇治茶イノベーションの拠点として刷新

     茶業研究所は192(5 大正14)年に開所され、宇治茶の新品種の育成、栽培・製造技術の開発、化学成分に関する研究や、後継者の育成などに努めてきました。今日はその研究所の役割とリニューアルについて取材しました。
     リニューアル工事は、京都府が進めてきた「お茶の京都」キャンペーンのターゲットイヤーである2017(平成29)年にあわせて行われてきたものです。茶業研究所は開所以来、製茶法の改良、玉露や抹茶原料の栽培に欠かせない被覆方法の開発、「鳳春」「展茗」など新品種の育成などさまざまな成果を上げてきました。お茶のうまみ成分「テアニン」を発見したのも当研究所です。リニューアルでは、従来担ってきた「宇治茶の高品質化、品種育成」の役割に加え、「新時代の宇治茶イノベーションの拠点」、「宇治茶の価値、魅力発信拠点」、「次代を担う人材育成の拠点」としての機能強化を図ります。

    府内産木材とエンジニアリングウッドの融合

     真施設は、オール府内産木材で建てられた本館と製茶研究棟で構成され、広さは合計約1,600㎡。設計を手がけた株式会社東畑建築事務所の中村文紀さん(フェロー/デザイン・オフィサー)と東拓郎さん(設計室技師)にお話を聞くことができました。
     「最も大きな特徴の一つは、オール府内産木材であることに加え、CLT(直交集成版)を府内産製材と融合させたことです。この設計は京都府のプロポーザルで、地元の木材およびCLTを使用するという条件がありました」と中村さん。
     CLT(Cross Laminated Timber)は、通常の集成材と違い、材料の繊維方向が直交するように接着されているエンジニアリングウッドです。面材として強度を活かした建築が可能で、さまざまな工法に活用できるため、今後の普及が期待されています。現在、木材利用拡大に向け公共建築物などで木造が推進されるなか、CLTを含む木造や木質化に国から補助金が出ています。府内産木材とCLT利用にはこのような背景があります。
     「そのCLTを構造材として天井(屋根面)に使用したことも大きな特徴です。CLTの加工に関しては、府内のみで行うことがまだ難しかったため、今回は府外にも技術協力を求めました。天井を支える下部のフレームは在来軸組構法。普通軸組ではスパン(柱と柱の間)を大きくとれないのですが、CLTの持つ剛性により柱ピッチを大きくし、耐震要素の壁量を減らすことができました。そもそも木は、経年劣化や耐候性の問題で外部使用には向いておらず、CLTも同様です。
     壁は強度的にまだ法のハードルがありました。その点天井ならCLTのよさを活かせて、CLT面を多く見せることができると考えたわけです。とにかく、木材調達からCLT活用まで、いろんなチャレンジがありました」(東さん)。

    滑らかでスマートな天井面に隠された特殊技術

     本館は、中庭を囲む回廊のような形で建てられており、屋根面が中庭側に向かって傾斜しています。これは、求心性のある空間をつくり出すとともに、屋根構造であるCLTを外から見せることを可能にしているそうです。傾斜した天井面は、少し辺りが薄暗くなったとき、一層際立って見えます。
     CLTが一面に張りめぐらされた天井面は、凹凸がなくスマート。CLTを格子状に組まれた梁に落とし込む架構形式(落とし込み工法)という技術によって、縦横を走る梁とCLTが同じ面になるようにしているそうです。この屋根架構の強度は、独自に行った載荷試験によって保証されています。
     「当社の案が採用された理由の一つに、平屋だったことがあります。これも一つのチャレンジでした。というのも、2階建てという条件があったからです。しかし、交流や協働といった今後の研究所の活動と合致するような研究環境や、意匠的な面、その他さまざまな要素を考慮し、ワンフロアラボを提案し、結果的にそこが評価されて採用となったのです」(中村さん)。

    最新機器と産官学連携で宇治茶の新たな価値創出

     本館内は、交流の場となる開放的なホール、ミーティングスペースなど、“オープン”な空間がつながっています。食品加工試験や機器分析を行うオープンラボは、企業・大学・府民との交流が可能なオープンスペースとなっており、多様な意見の交流によって自由な発想を生み出そうと設けられたものです。ラボには茶の機能性成分を調べる最新の分析機器を備え、食品以外の分野での需要拡大も目指しています。
     また、官能検査を行う審査室や仕上加工研究室など各種研究室が整備され、職員らが日々技術革新に取り組んでいます。隣にある製茶研究棟には、てん茶(抹茶原料)・玉露・煎茶全ての製造ライン、新開発のてん茶乾燥機など、伝統技術から最先端の技術までを習得できる設備を完備しています。
     京都産の木の温もりに包まれた、新しい交流型研究所。京都の伝統・宇治茶の新たな価値・魅力がどのように創出され、発信されていくのか楽しみです。

    京都府農林水産技術センター茶業研究所 【所在地】 宇治市白川中ノ薗1番地
    【TEL】 0774-22-5577
    【URL】 http://www.pref.kyoto.jp/chaken/
TEKTON - 日本建築材料協会デザイン委員 -TEKTON - 日本建築材料協会デザイン委員 -