私の建築探訪

  • 2018年3月10日
    春日大社(けんざい259号掲載)
    奥に本殿が鎮座する中門と御廊
    奥に本殿が鎮座する中門と御廊
    奈良駅に降り立ち、東に目を向けると、春日山の西峰をなす標高約300mの御蓋山(三笠山とも表記)がなだらかにそびえます。その中 腹に鎮まるのが春日大社。四柱の祭神の一柱である武甕槌命(たけみかづちのみこと)を、茨城県の鹿島から迎えたのが始まりで、天平文化華やかな768年に創建されました。山や境内には、社紋にもなっているフジが多数自生し、春の見ごろには参拝者の目を楽しませてくれます。 「けんざい」編集部

    20年ごとの式年造替を終え、美しい姿が蘇る

     鮮やかな朱色の柱、白壁、檜皮屋根による本殿や社殿の造形は素晴らしく壮麗です。奈良時代中期、平城京守護のため創建された古社でもあり、山に抱かれたそのたたずまいは、古都・奈良に流れる歴史の悠久さをまざまざと感じさせてくれます。
     このように美しい姿が保たれているのは、20年に一度の式年造替によって、古代の技術と様式を守りながら、丁寧な修復が施されているからです。2016(平成28)年秋、第60次の式年造替が終了したばかりで、境内はひときわ引き締まった輝きを見せています。
     回廊や各社殿に吊るされた釣燈籠、参道に建てられた石燈籠も春日大社を象徴するものです。平安時代から現在まで、貴族、武家、庶民、企業や一般の方々とさまざまな人々によって寄進されたもので、その数は約3,000基におよびます。

    自然や地形に手を加えず、建物を沿わせて配置

     今回は、春日大社広報担当の秋田真吾さんに境内をご案内いただきました。
     「春日大社にはさまざまな建築的特徴がありますが、最も大きな点は、神山である御蓋山(みかさやま)の自然や地形に沿って設計されていることです。境内は山の中腹なので平坦ではありませんが、斜面を削ることなく、建物のほうを斜面に沿わせています。四方を囲む回廊はあちこちで傾斜しているため、回廊の窓枠や扉が正方形や長方形ではなく、斜面の角度に合わせた平行四辺形になっています」と秋田さん。
     言われるまで全く気付かないのですが、よく見ると本当に平行四辺形です。しかも、傾斜の緩急に応じて全て角度が違っているという細やかな配慮。境内を見回すと、非常に狭く、うねるような凹凸がある敷地に、その地形に手を加えることなく社殿を配置しているのが分かります。

    貴重な本朱を100%使った本殿

     四柱の神々が鎮座する本殿(国宝)は、立派な御廊と中門に守られ、そこから足を踏み入れることはできません。東側(山頂側)から西側(ふもと側)に向かって、神々しい春日造の本殿が同型同寸で4棟並んでいます。
     秋田さんは「東から西に地面が30cm傾斜していますが、自然に手を加えないという考え方を徹底しているため、ここでも地面をならしていません。4棟の本殿は東側から徐々に低くなっています」と説明します。  春日大社でとりわけ目を引くのが朱色。赤は太陽を表す色であり、本殿にのみ100%本朱(ほんしゅ)が使われています。本朱は水銀朱とも呼ばれ、大変貴重な塗料。本殿以外の社殿では、本朱は3割程度で、あとの7割は鉛を含む丹が使われています。
     本朱の色合いはとても濃くて深みがあります。100%本朱を使っているのは、現在では春日大社だけといいます。本殿はそれだけ特別な存在なのです。
     式年造替終了から間もない本殿はまるで新築のようです。「明治維新までは完全に建て替えていたのですが、維新後に国宝に指定されたため、造替では檜皮屋根の葺き替え、朱の塗り替え、金具の取り付け、絵画の塗り直しなど、修繕という形をとっています」。
     金具の金色がきらきらと輝いて、鮮やかな朱に彩りを添えています。各本殿をつなぐ板塀は「御間塀(おあいべい)」と呼ばれ、馬などが描かれていることから絵馬板とも呼ばれており、絵馬のもとになったものです。式年造替ごとに同じ絵柄、色を守って全て新たに一から描かれます。鮮明に蘇った御間塀を見られるのも今のうちだけかもしれません。

    自然との共存を貫き、構造的進化も止める

     春日大社は、幾度もの式年造替を経て伝統を守り続けてきました。本殿の春日造は近畿を中心に多く見られる様式ですが、春日大社以外のところでは、時代が進むにつれ理にかなった構造へと変化をとげています。しかし春日大社では、あえて構造的な進化を止めて昔のままの姿を守っています。
     「例えば、本殿の向拝垂木は間隔の広い「疎垂木(まばらだるき)」で、妻入りの破風から延びる破風板は垂木の部分まで突き抜けています。こうした特徴は、構造的には不安定とされますが、強度を高めるための修復などは行わず、あえて当初のままを守り続けています」。
     1998(平成10)年には、春日大社や春日山の原始林を含む「古都奈良の文化財」が世界文化遺産に登録されました。
     「ここでは、いにしえから自然の力で守られてきた原始林が今も受け継がれています。世界で最も街に近い原始林であり、世界で唯一県庁所在地にある原始林です。また、周辺を当たり前のように鹿が歩き回っていますが、鹿は神様の使いであり、これも自然の一部。街なかに野生の大型哺乳動物が住んでいるのも、世界で奈良だけなんですよ。そして、こうした自然と共生しながら生き続けてきたのが春日大社です」と秋田さん。共生する山と春日大社、世界遺産たるゆえんが分かったような気がします。

    春日大社 【所在地】 奈良市春日野町160
    【TEL】 0742-22-7788
    【URL】 http://www.kasugataisha.or.jp/
TEKTON - 日本建築材料協会デザイン委員 -TEKTON - 日本建築材料協会デザイン委員 -