講演会 講演録

  • 2019年6月6日
    暮らしの質を上げる
    (KENTEN2019特別講演)
    協力:公益社団法人日本建築家協会 近畿支部

    株式会社マニエラ建築設計事務所 大江 一夫 氏

    光、風、緑、水、石、土を五感で感じて取り入れる

     「暮らしの質を上げる」とは、“いい物を使う”ことだけではなく、目に見えない物も含めて質を上げることを意味します。私たちのコンセプトは、「自然」「記憶」「場」を大事にして設計し、自然と建築と人の調和を考えることです。
     まずは「環境をつくる」ことがベースになります。そのためには自然の「光」を大事にする必要がある。西洋と日本では、光のとらえ方がかなり異なります。西洋では光をダイレクトに取り入れる一方で、日本では一度バウンドさせてから室内に取り入れます。こうすることによって落ち着きのある、奥ゆかしい空間をつくり上げます。
     「風」は流動性や風情、香りといった目に見えないものを運びます。「緑」も、景色をはじめいろいろなものを私たちに感じさせてくれます。開放的な日本の建築空間では特に、庭の緑は室内環境に大きく影響するので、緑は重要な要素だといえます。
     万物の根源である「水」も私は大事にしています。水が目に入ると穏やかな気分になり、水の存在によって生物や自然との結び付きも強まります。「石」は力強さや不変の象徴。石には地域ごとの特色があり、それを生かした表現を、石と対面しながら考えます。「土」は大地や収穫を意味し、風土性や温もりを感じさせます。そして日本独特の美しい「四季」、その中から「空気」が生まれて気が宿ります。
     このようなさまざまな要素を、私たちは五感で感じるわけです。この要素が建築に取り入れられてこそ、質のよい空間ができると私は考えています。

    景観から風景へ、風景から風土へ

     景観はつくるのに3年、風景は30年かかり、それが風土になるのは300年かかる。これは建築家・吉田桂二氏の言葉です。重要なのはまずよい景観をつくること。一つひとつの景観を大事にして空間をとらえます。そして建物と樹木、それらがつながれた景観がまちと共存しながら風景が生まれていきます。さらに風景が集積されて風土になっていくわけです。
     私が大事にしているものの中に「原風景」があります。自然、建築、人間の調和をいかに生み出すか、私たち建築家は常に思考していますが、世界中にある土着の建築を見ると分かります。自然条件を乗り越え、自然に対して素直に必要な機能を取り入れて、美しい形態をつくっているよい手本が多数存在します。
     私自身の幼少期における原風景は、小川や回遊庭園や路地、今では少なくなってきた木造校舎や縁側などです。幼少期に感じた空間は非常に重要で、年を重ねたとき、育った環境と同様のものに気持ちよさを感じます。そんなわけで、原風景も暮らしの質に大きく関係してくるのです。
     こうして1本の線から建築設計が始まります。窓や天井の高さ、使用素材、敷地の形状特性などを全て包含しながら五感でデザインしていくことによって質のよい空間ができると考えます。

    自然と建築と人の調和がもたらす唯一無二の空間

     前段までで述べてきたことを頭に置いていただきながら、私たちが普段進めている仕事のプロセスや事例についてご覧ください。
     プレゼンテーションでは長年建築模型を多用してきました。情報化社会になってCADが進化してくると、オーナーの考え方も変化します。模型一辺倒のプレゼンも当然変わりました。最近は私たち一般の設計者も、3Dによる建築パースを使う機会が増えてきました。3Dで提案することによって、インテリアや家具、外部との調和などをよりリアルにとらえてもらえるようになりました。
    ・自然と接する家
     大阪府茨木市で建てた住宅事例です。職業柄なかなか旅行に出られないため、別荘のようなリゾート感があり、いつでもゲストを迎えることができて、同時に快適な日常生活が送れるような空間を、というのがオーナーの希望でした。フォーマルリビングとフォーマルダイニング、および家族用の空間を独立してつくり、快適に生活できる間取りをまず構成し、それぞれの空間から庭が見られるようにしました。庭は三つあるので、それらをうまく利用することで日常生活にいろいろなシーンが現れます。
     フォーマルダイニングでは、外との境界を曖昧にして自然と接する空間をつくり出しています。外で食事ができるルーフテラスも設けました。とても気持ちがよく、日常的に使われているとのことでした。外部ではありますが、屋根を付けているので中間領域としての心地よさも楽しめます(図1)。
    ・水に浮かぶギャラリー
     阪神間の見晴らしのよいロケーションが特徴の住宅事例(兵庫県芦屋市)では、オーナーがアートを多数所蔵しているため、ギャラリーとしてアートを楽しみながら暮らせる空間を提案しました。水面に浮かぶようなギャラリーはエントランスホールになっており、彫刻などが置かれています。そこを通って生活空間である2階に動線を持っていっています。2階に上がったときの雄大な景色が最大の魅力です。土地の持つ特性をどう生かし切るかというのは大きなポイントといえます(図2)。
    ・夏の家
     兵庫県芦屋市の「夏の家」は、オーナーが夏季の半年間だけ過ごす家です。冬季は別の所で生活されています。建物を日常でどう使うかを考えるのは大事なことです。時代は大きく変化しているので、あまり規定しない住み方も必要なのかもしれません。自分のライフスタイルに合わせて、「住まい」と「仕事」の関係を住宅によっていかにつなぐかで、設計の仕方も大きく変化してくるはずです。このオーナーの場合は夏と冬をうまく使い分けて生活しているというわけです(図3)。
    ・観竹荘
     タケノコの産地である京都の大山崎で、竹やぶの中に家を建てました。竹と密接に関わりながら日常生活を過ごせるように考えています。地下には本格的なシアタールームを設置。観竹荘は、実はオーナーがこのシアタールームをつくりたいという思いで建てた家なのです。オーディオは収める空間によって音が違ってくるため、床、壁、天井高を掌握しながらつくることによって、素材はもちろん上質な音を実現できました(図4)。
     わずかな事例のみの紹介となりましたが、もし参考になれば、今後の家づくりや計画で少しでも生かしていただければと思います。

TEKTON - 日本建築材料協会デザイン委員 -TEKTON - 日本建築材料協会デザイン委員 -