2007けんざい
社団法人日本建築材料協会
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けんざい233号掲載


大阪ステーションシティ(大阪駅開発プロジェクト)

 東京や名古屋の友人が大阪に来るとしたら、どこに案内しますか? 道頓堀? 中之島? 大阪城? でも、これからは迷わずに「大阪ステーションシティ」を挙げることにしましょう。南北2つのビルと大屋根が作り出す巨大な空間は、大阪の正面玄関にふさわしい壮大さ。そこには、いつもと少し違う時間が流れています。日常と非日常との不思議な調和が、このシティの一番の魅力なのかもしれません。
「けんざい」編集部



■「都市」になったターミナル駅
 大阪の都心で、こんな広場に出会えるとは思っていませんでした。
 降り注ぐ陽光を遮りながら、それでも明るい吹抜のフロア。その上方には、巨大なドーム屋根が、白いトラスの骨組みに支えられて、悠然と広がっています。連なる銀色の列柱には、鮮やかな小旗がなびき、柱の上には軽やかな銀のオブジェが風に揺れています。
 ここは、生まれ変わった大阪駅を象徴する「時空(とき)の広場」。6つある大阪駅のプラットフォームをひとまたぎにする、雄大な空中広場です。
 広場の南北には、この場所を象徴する2つの大時計が、金と銀の輝きで訪れる人を見守ります。その足元のベンチでも、多くの人々がゆったりと時を過ごしていました。大阪駅のような巨大ターミナルで、こんな風景に出会うのは始めてです。
 「時空の広場」の両側にそびえるのは、JR大阪三越伊勢丹や専門店街LUCUAなどが入るノースゲートビルディング、大丸大阪梅田店とホテルグランヴィア大阪を中核とするサウスゲートビルディングです。ことに、ノースゲートビルの中央にある8層吹抜のアトリウム広場は圧巻。何人もの人が、上を見上げてはカメラや携帯電話で撮影をしています。
 この駅では、見るもの触れるもの体感するものが、すべて発見と驚きに満ちています。そこにあるのは、通過点としての駅を超えた、都市そのものとしての駅体験。「大阪ステーションシティ」という新名称が、なるほどと納得できました。

■当初は計画されていなかった「大屋根」
 今回の大阪駅開発プロジェクトを進めてきたお一人、大阪ターミナルビル株式会社の江本達哉常務取締役・企画部長にお話をうかがいました。
 実は大阪駅の改良は、1988(昭和63)年、JR各社の民営化が終了した時点で検討が始まっていたそうです。本格的なプロジェクト始動は、2001(平成13)年の秋。隣接する梅田北貨物ヤードの移転が、その2年前に本決まりとなり、梅田エリアの大々的な開発計画が求められるようになってからといいます。
 当初の方針は、「西日本最大の乗降客を誇る駅にふさわしく、大阪の玄関口全体を見据えたプロジェクトにすること」。とはいえ、最初の計画案はとてもシンプルだったといいます。
 「たとえば、あの大屋根は最初、予定されていませんでした。サウスゲートビルの建設も、課題の認識はあったものの、当時は具体的な議題にのぼっていなかったわけです」。
 当初の計画案で決まっていたのは、大阪駅北側に百貨店を中核施設とする新ビルを建てること。それが、ここまでの規模に拡大したのは「月並みな言いかたかもしれませんが、めぐり合わせですね」。関係者が議論し合い、知恵を出し合ううちに、これだけの規模に育ったといいます。核心にあったのは、「駅の南北を一体とする」開発方針でした。
 「今まで、駅の再開発といえば、どこかの出入口に重点をおいて、新しいビルや施設を造るという手法が多かったのです。しかし、長いホームといくつもの線路が入り込む大阪駅で、そうした再開発を進めると、街を分断することにもなりかねません。それを解決したのが、駅の南北を結ぶ『時空の広場』の発想です」。

■街を結び、人を結ぶ「時空の広場」
 「時空の広場」は、ユニークな存在です。駅の中に、これほど大きな広場があるのですから。「もったいない、という意見はなかったのですか」とうかがうと、江本部長は笑っておっしゃいました。
 「いや、何もない場所だからいいんだと、私は思っています。無理に用途を決めていないから、逆にいろいろな形でご利用いただける。広場というのは、都市の大切な要素ですが、こういう場所がほとんどなかったのが、今までの大阪だったと思いますよ」。
 実際、この「時空の広場」ほど、人が集まっている場所はないでしょう。北から南へ、南から北へと歩く人以外にも、立ち止まる人、座る人、屋根を見上げる人、ホームを見下ろす人と、いろいろな人の姿が見られます。欧米の都市でよく見かける「広場」の姿が、そこにはありました。
 「せっかくのスペースですから、今後はいろいろなイベントも企画してみたいですね」と江本常務。すでに、センチュリー交響楽団による演奏会などが開かれましたが、今後は全部で8つある広場ごとに、性格の異なるイベントも検討してみたいといいます。
 「大阪とひと口にいっても、キタとミナミ、天王寺では雰囲気がかなり違っていて、それが大阪全体の個性になっています。各広場のイベントも、同じような発想で考えられないかと思いますね」。それぞれのスペースが、さまざまなイベントに彩られるとき、この駅はますますシティに近づくに違いありません。



「時空の広場」の象徴、金時計

銀時計

お話いただいた江本部長

巨大な吹抜を持つ「アトリウム広場」

駅とステーションシティを結ぶ連絡通路

トラスで支えられた3500tの大屋根


■生きた駅の上で進められた開発プロジェクト
 ところで、美しい姿を見せる「時空の広場」と大屋根ですが、建設の過程はどうだったのでしょうか。
 「ひと口にいえば、大変厳しかったですね。いや、狭義の技術的問題だけではありません。現に稼動中の駅を止めることなく、どう開発事業を進めるか。そのマネジメントが、大きな課題だったのです」。
 江本部長によれば、工事の最初のステップは、複雑に入り込んだ線路の整理と移動。十分に広く安全な作業スペースを確保するために、この工程が欠かせなかったのです。作業がスタートしたのは、ノースゲートビルディング着工のさらに2年前。その間も、大阪駅を発着する電車が止まることはありませんでした。「鉄道部門・駅のご協力もあり、大過なく進みましたが、でも大変でしたね」と江本部長は振り返ります。
 「時空の広場」の本体である橋上駅舎の建設も、簡単ではありませんでした。採用されたのは、工事中のノースゲートビルディング内で、駅舎のユニットを組み立て、プラットホーム上に少しずつ押し出していくという方法。さらに、大屋根の工事では、この駅舎上で屋根ユニット(10×100m)を組み立て、東西に少しずつスライドさせて組み合わせていきました。
 「乗降客がひしめくターミナルの上で作業するのです。工事関係者はもちろん、お客さまの安全も絶対守るということで、組み立て作業は電車が動かない夜間だけ。現場も我々も本当に緊張の連続でした」。
 完成した大屋根は、東西約180m南北約100m。重さは実に3,500tにのぼります。時間と作業と安全性のやイメージを統括管理しています。徹底した管理が、これほど巨大な屋根を空中に持ち上げたといえそうです。
 もうひとつ、サウスゲートビルディングの工事も難問が多かったといいます。「サウスゲートビルディングは、もともとあった高層ビル(アクティ大阪・地下4階地上27階)に、新しい高層ビル(地下1階地上15階)を増築したものです。こんな例は、日本はもちろん世界にもほとんどなく、設計スタッフの方々は、とにかくシミュレーションを繰り返したそうです」。
 シミュレーションで特に問題となったのは、建物の耐震性でした。地震の揺れを受けたとき、隣接するビル同士はどんな動きを見せるのか。最終的に選ばれたのは、新旧2つのビルをダンパーで連結させるという方法でした。「ダンパーで振動を抑える方法は以前からありますが、それを高層ビルの増築に応用できると見抜いたのは、関係者の努力のおかげ。これも、幸運なめぐり合わせのひとつでしょうね」と、江本部長はにこやかに締めくくってくださいました。

■「大阪の玄関口」から「世界の玄関口」へ
 こうして誕生した「大阪ステーションシティ」は、多くの人々にも好感をもって迎えられました。今年5月4日のノースゲートビルディング開業に集まった人々は、一日で50万人以上。その後も現地を訪れる人はひきもきらず、地上14階に相当する屋上空間にぶどう園や菜園が連なる「天空の農園」も含め、連日多くの人々でにぎわっています。
 すでに、関西屈指の“名所”として認められた「大阪ステーションシティ」。その影には、JR西日本をはじめ、大阪ターミナルビル株式会社の方々のご苦労があったことはいうまでもありません。開業後の現在も、同社は「大阪ステーションシティ」全体のコンセプトやイメージを統括管理しています。
 「ここには、駅と百貨店、専門店街、シネコンなど、目的も性格も異なる複数の施設が参加しています。単なる“同居”を超え、『大阪ステーションシティ』という一つの個性として成長していくよう、さまざまな面で気を配っています」と江本部長。こうしたトータルマネージメントは、駅の再開発でも異例だといいます。
 そんな江本部長が注視しているのは、大阪ステーションシティと、その周辺ゾーンとの結びつきです。
 「阪急グループを中心とする東梅田地区も阪神グループが主体の西梅田地区も、見事な都市集積を持っています。しかし、これらの地区と大阪駅とのつながりは、決して十分とはいえませんでした。大阪の玄関口なのですから、もっと緊密な連携があっていいと思いますね」。東梅田・梅田・西梅田と、別々のイメージが強かった大阪・梅田地区が、いわば一つのグレート梅田になる──それは、“大阪の玄関口の東西南北を結ぶ”という「大阪ステーションシティ」の理念にも通じるものでしょう。
 さらに注目されるのは、大阪駅北地区(旧梅田北貨物ヤード)の再開発計画です。「うめきた」と呼ばれるこの地域ではすでに、新規ビルの建設が進行中。完成すれば、ステーションシティのアトリウム広場とも接続される予定です。
 「『大阪ステーションシティ』と『うめきた』は、開発主体こそ違え、同じ大阪の玄関口を担う施設です。一体感のある開発が進むよう、向こうの関係者とも協議を重ねてまいります」。
 そうした事業の向こうには、何があるのでしょうか。江本部長はずばり、「世界を見据えた都市整備・再開発ですよ」とおっしゃいます。
 「今、世界の大都市は、次々と大きな変革を遂げています。アジアに限って見ても、香港、シンガポール、上海、クアラルンプールなどが、ビジネス・生活・アミューズメントのすべてにわたって魅力的な都市を造ろうとしのぎを削っています」。
 こうした世界レベルの都市間競争に、日本の都市は出遅れているようです。残念ながら、大阪もそんな日本都市の一つといえるでしょう。
 「そうした出遅れを取り戻し、さらにトップグループに入るためには、トータルで息の長い事業が欠かせません。『大阪ステーションシティ』の誕生が、そのきっかけとなればうれしいですね」。
 いつか、大阪が世界都市として変貌を遂げ、「時空の広場」にアジアや欧米の人々が行き交う日が来ますように。そんなことを思いつつ、この巨大ターミナルを後にしました。

 


ヨーロッパの駅を思わせる「時空の広場」の風景

「天空の農園」への道から眺めた高層ビル群


「天空の農園」のぶどう園


「カリオン広場」のシンボル、カリオン

吹抜が心地よい「南ゲート広場」

緑が美しい「和らぎの庭」

「風の広場」を象徴するオブジェ

「太陽の広場」には太陽光発電機が連なる

正面から見たサウスゲートビルディング

大阪ステーションシティ/

所在地:大阪市北区梅田3
TEL:
06-3458-0212(大阪ステーションシティ 北インフォメーション)
URL: http://osakastationcity.com/


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