2007けんざい
社団法人日本建築材料協会
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講演会の予定・講演録
「安全・安心・快適生活のための住まいの改善」

関西大学工学部建築学科専任講師 馬場 昌子氏

長寿化、人口構造の変化、核家族化
 高齢社会の住まいについて考えるとき、重要なのは3つのポイントです。まず長寿化。次に、4人に1人が高齢者という、人口構造の変化。最後に、核家族化の進行と、それによる高齢者のみ世帯の増加。たとえば、介護保険制度の導入は、それまでの家族介護システムが破綻していることを国自身が認めた結果でした。家族構造の変化が、社会の仕組みまで変えたわけです。 明治20年代の平均寿命は40歳少しでした。それが100年足らずで、ほぼ倍になっています。特に注目したいのは、75歳以上の後期高齢者の増加です。身体が動きにくい、疾病や障害を持っているという人が決定的に増えている。こうした人たちが暮らしやすい住宅を、まず保証しなければなりません。 ところが、こうした高齢者の住まいの実態は、実に恐ろしいものがあります。たとえば、住宅の建築時期と世帯主の年齢の相関関係を調べた大阪府のデータでは、65歳以上の世帯主の75%が、昭和55年(1980)以前に建てられた住宅に住んでいる。高齢者ほど古い家に住んでいるわけですが、その問題点には全く手が着けられていません。しかも、住宅の所有関係、あるいは戸建か共同住宅かで、広さなどの性能に格差がある。そんな状態で、数年後には、高齢者のみ世帯が高齢者を含む世帯の半分を超えると予測されているのです。
年々増える高齢者の住宅内事故
 では、私たちの住まいは安全なのかどうか。平成14年度(2002)の人口動態統計で見ると、部屋や廊下での転倒、あるいは浴槽内の溺死など、家庭内の不慮の事故による死亡者数4858人の約80%、3900人が65歳以上の高齢者です。これは、同じ年に交通事故で亡くなった高齢者数より多いわけです。また、別のデータによれば、こうした家庭内事故は、家の中のあらゆる場所で発生しています。滑ったり、転んだり、つまずいて、打ち身やねんざ、骨折を起こす。中には過去3年で3回骨折したという例もありました。 次に、高齢期に問題となる住まいの箇所を取り上げましょう。まず、玄関から土間、あるいは道路までの高低差。これが越えられないため、何年も家を出ていない車イスの人は、いまでも結構います。あるいは、寝室ゾーンから離れたトイレや和式トイレ。それから、入浴。特に、現代の入浴習慣は、内風呂での孤浴が大半ですから、発作時に誰も気がつかず亡くなる例が見られます。また、脱衣室と洗い場の高低差も、高齢者や障害者にとってはバリアになりがちです。 結局、日本の住宅はユニバーサルデザインにはなっていません。一方、北欧のスウェーデンやデンマークでは、1970年以降、すべての住宅を車イス対応にする施策を、国が率先して実施している。彼我の差の大きさを感じずにはいられません。安全・安心・快適のための住宅改善例 では、昭和55年以前に建てられ高齢者の75%以上が住む住宅の、どこが問題で、どんな改善が可能なのか。その事例を1つご紹介します。これは、設計者だけでなくリハビリ専門医、OT(作業療法士)、PT(理学療法士)などの共同作業から生まれた成果です。 クライアントはSKさん夫婦。女性は小脳失調で、車イスを使わないと日常の移動ができません。リハビリ医によれば、「泥酔状態で頭はクリア」という状態だそうです。たとえば、手すりは持てますが、手を離すと倒れてしまいます。 そのお住まいですが、典型的な郊外型住居です。まず、道路と敷地、玄関との間に1m強の高低差がある。健康な時はとにかく、車イス生活ではこれが決定的なバリアになります。ただ、床と庭の高低差が意外に低かったのは幸運でした。 リビングには、奥さんの趣味であるパッチワークの作品が、いろいろ飾ってある。非常に美しく、楽しく住んでおられることが分かる室内です。改善に当たっては、こうした以前の暮らし向きをできるだけ保証することを目指します。寝室に介護ベッドを入れて、段差を解消して、それで終わりというものではありません。 住まい全体は、昭和40年代の中廊下型のプランです。きちんと建てられていて、分かりやすく、住みやすい。しかし、車イスで移動となると、どこにも移動できない。空間の分節点ごとに必ず小さな段差があるためです。 ご家族の改造希望ですが、敷地から道路まで外出のためのルートを確保したい。寝室の居住性をよくしたい。トイレを使いやすく、夜間でも一人で行けるようにする。これは、実に大切な点です。さらに、風呂は可能な限り軽介助で入浴可能にする。屋内の段差を少なくして、車イスで動けるようにする。日中は居間、さらに庭にも出られるようにしたい。これは、むしろご主人の希望だったと思います。 こうした希望をかなえるために、まず、屋内をできるだけフラットにしました。その結果、全体として非常に単純な屋内動線が確保できました。次に、道路面との高低差は、道路との取付部分までデッキを設け、段差解消機で一気に解消する。こうしておくと、外出時の面倒な操作が一度で済むわけです。 寝室内はベッド横に棚を設け、さらにトイレと洗面台も設けています。夜中でも、ベッドから5歩分ほどの距離を進むだけで、介助がなくても用を足せるようになっています。 一方、浴室内は、ご本人の入浴動作を確認しながら、ひと続きの手すりを設け、脱衣場入口の段差もスロープで緩和しています。これで、ご本人がほぼ一人で入浴できるようになりましたが、バスボードを置いてあげることだけは、ご主人の仕事となっています。 ここまでは、1回目の改造工事ですが、その後、リビングをもっと広くという要望がご主人から出て、2回目の工事を実施しました。リビングの一部を庭に向かって張り出し、その先には庭にも下りられる昇降機も設けてあります。 以上が、このSK邸の住居改善のあらましですが、これほどに何でもない、大変にいいお宅であっても、車イスになると安全・安心・快適からほど遠くなってしまうことが、分かります。そういう問題を含んだ住宅に、今の高齢者の75%が住んでおられるわけです。
向老期に終の棲家を造ろう
 そこで、私自身を含む団塊世代には、「向老期に終の棲家を造りましょう」と呼びかけたい。その際は、ぜひプロの力を借りてください。「安心・安全・快適な終の棲家づくり」は、これからのキーワードだと思いますが、そのためにはよほど意識を変える必要があります。 ここで少々、宣伝ですが、関西大学の〈月が丘住宅〉では、文科省学術フロンティア推進事業の一環として、高度福祉社会のQOL改善に寄与する生活支援工学構築のための実践的研究に取り組んでおります。全国の研究者、福祉関係者、さらに障害のある方自身にも広く体験していただきたい、実践的な研究施設です。 最後に、障害を持っても安全・安心・快適な住宅改善を行うのに、マニュアルはありません。その方の24時間の行動パターンを追体験しながら、どういう環境を設定するかを考えるのは、工務店に手すりの取り付けを依頼する場合とは違う、高度な診断業務だと思います。ところが、この国はそのような診断業務を浸透させる仕組みを持っていません。 私自身は設計のプロとして、この種のご相談にNPOという形でお応えしてきましたが、設計者側の知恵が困っている方の手元になかなか届かない現状は、この20年間ほとんど変わっていませんし、自治体もほとんど動いていない。願わくは、多くのプロの方が、拝金主義を超えて、生活の質をしっかり盛り込んだ設計作業をしてくだされば、と思います。(拍手)
「安全・安心・快適生活のための建築士活用法」
コーディネーター:馬場 昌子氏
パネラー:梅本 直康氏(社団法人大阪建築士事務所協会リニューアル部会・あとりえ あ〜き代表)
      佐藤 和子氏(佐藤建築設計事務所)
      飯尾 義方氏(新北野第2コーポ管理組合理事長)
建築のプロの役割とは
馬場─まず、安全・安心・快適な空間を造るプロの役割について、それぞれのご意見を。梅本──建築士として、特にマンションの支援コンサルタント業務を手がけて25年ほどになります。実はマンションというのは、住み手の意見をほとんど聞かずに造られる。当然、いろいろな不具合、不都合があるわけです。それを、住む人自身の住まいにしていくために、われわれプロが情報も含めて支援していく。私自身は、これを非常なやりがいだと感じています。ただ、それがお金になるようになったのは、ここ10年ほどですが。佐藤──馬場先生と共に、「福祉・医療・建築の連携による住居改善研究会」、略して「福医建研究会」のメンバーとして活動してきました。また、このNPOの一級建築士十数人と「快居の会」という実働部隊も結成しています。その経験から思うのは、住居とは住まいと住まい方がセットになったものだということ。高齢になる、障害を持つということは、住まい方が変わるということですから、それに応じた住まいが必要になる。しかも、その内容は、人によって全く違います。プロの技が生きるのは、そういう点だろうと思います。飯尾──大阪・十三にある築35年・約280戸の分譲マンションで、管理組合の理事長をしています。このマンションは、プライバシーを守れるということで人気のあったスキップフロア形式で建てられています。当時は全員若かったので、階段の上下も苦にならなかったのですが、居住者が高齢化した今は、それが大問題になっている。こういう問題を解決するためには、どうしてもプロの技、匠の知恵が必要ですが、実際にどこで何を相談すればいいのかがなかなか見えてこない。今日は、そうした点をしっかり勉強したいと思っています。馬場──住み手のプロとして、飯尾さんの問いかけは大事ですね。この問いかけに答えることから、討議を始めましょう。まず、相談窓口はどこにあるのか、について。
どこに行けば会えるのか
梅本─先ほども申しました通り、マンションの支援コンサルタント業務は、ここ10年ほどでお金になる仕事になりました。それはいいのですが、半面で多数の工務店や建築士がこの分野に殺到するようになった。はっきり言えば玉石混交です。その分、いい業者、いい建築士は以前よりも選びにくくなっているかもしれません。 実は、リフォームというのは新築より難しい。建材や工法の知識も通常以上に必要ですし、個別対応もできなくてはいけない。大阪建築士事務所協会のリニューアル部会では、150社ぐらいが集まってリフォームなどの研鑽を積んでいますが、そうでない業者の中には、甘い仕事をしているところがある。ですから、まず幾つかの業界団体に尋ねてみるのが、いいコンサルタント選びの第一歩かなと思います。絶対確実とは言えませんが。馬場──確かに、そういう団体に所属している、研究会で研鑽を積んでいるというのは、目安になりますね。見ず知らずの建築事務所に飛び込むよりは、ずっとよさそうです。梅本──ただし、コンサルタントさえよければ、ということではありませんよ。建材ひとつとっても、最近の材料の進化は、とても個人の建築士の努力では追いつけない。建材や部材のメーカーとコンサルタントとの連携も、大事なポイントだと思います。馬場──キーワードは「連携」ですね。佐藤──「福医建研究会」あるいは「快居の会」の場合、メンバーはさまざまな障害や病気について、かなり勉強をしている。それでも、知らない病気や症状は当然あるわけで、そういう場合は、セラピスト(療法士)やソーシャルワーカーに聞き、建築士同士でも検討します。高齢者や障害者の住居改善では、こういうバックアップのある人に相談するのがいいでしょう。馬場──高齢者や障害者の場合、住居改善の相談の仕組みはどうなっていますか?佐藤──一般的な入口は、地区ごとの行政の福祉関係窓口ですね。けんもほろろという場合もあり得ますが、粘り強く尋ねると、別の窓口や関連の施設あるいはNPOなどの情報がけっこう出てきたりします。その結果、私たちのNPOにつながると、うれしい(笑)。馬場──ただ残念なのは、自治体の福祉担当者は何年か経つと代わってしまうこと。そのたびに一からやり直しになってしまって、窓口担当者にスキルが蓄積されません・・・。さて、ここでちょっと飯尾さんの意見をうかがいましょう。何か問題が起こった場合、住み手から見て、この社会はどうでしょうか?
カギはやはりコスト=報酬
飯尾─難しいですね。特にマンションは、共用部分と専用部分があって、リフォームのやり方も違ってきます。私たちのマンションの場合、共用部の修繕に費やす予算は年間約4000万円。大規模リフォームの場合は、建築コンサルタントに仕様書をまとめてもらい、設計事務所に監理も含めて依頼します。ただ、その工事のよしあしが分かるのは、工事から7〜8年経ってということが多い。この瑕疵をめぐるトラブルが大変なわけです。 一方、専用部分のリフォームは許可制をとっていますが、これが1か月に約10件もある。大部分は軽微な工事ですが、その質のよしあし、あいまいな重要事項の開示などを巡って、業者とトラブルになることがあります。 結局、いい設計会社をどう選んだらいいのか、それが分からないわけです。修繕工事後の竣工検査をとっても、その設計会社が管理組合側に立ってくれるか、それとも施工業者側に立つのかで、結果はまるで違ってくるわけですから。梅本──姉歯事件以来、われわれ建築士に対する信頼は地に落ちました。はっきり言って、職能を利用した犯罪は、殺人よりも悪い。しかし、あの手の建築士は他にもいるでしょうし、施工業者側に立つ設計会社も珍しくない。その方がお金になるからです。そう考えると、監理やコンサルティングに対する報酬が確立され、クライアントがきちんと支払うことも大切。良心的な設計事務所を育てるには、そういう環境も重要だと思います。馬場──佐藤さんはいかがですか。佐藤──高齢者や障害者の数は、これからますます増えていきます。住居改善にかかるコストを、個人で負担するのも、いずれ限界にくるでしょう。これはもう、社会全体の問題なわけです。とすれば、ここはやはり公的な資金を投入すべきではないでしょうか。その場合、コストに見合うだけの質を求める声は今まで以上に高まるでしょう。私たちも、そういう声に答えられるように日々研鑽を積んでいかなければ、と考えています。馬場──プロとしての自負に基づく、凛とした意見だったと思います。飯尾さん、いかがでしょうか?飯尾──実は先日、マンションの管理規約を改正しました。特定の有志の力に頼ることなく、誰が理事になっても最低限の管理ができるようにするためです。それはまた、組合員が自分の要求だけをいうのではなく、お互いに支え合う、お互いが安心・安全に暮らすために欠かせない条件だと思います。あとは、私たちの志に賛同されて、協力しましょうという設計会社、建築会社の申し出を待つだけです(笑)。皆さん、どうぞお願いいたします。馬場──議論としては、もう少し詰めたい部分もあるのですが、時間が尽きました。皆さん、どうもありがとうございました。
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