講演会 講演録

  • 2021年8月26日
    建築のデザインについて
    (KENTEN2021特別講演)
    協力:公益社団法人日本建築家協会 近畿支部
    一級建築士事務所ROOTE株式会社
    代表取締役 西井 洋介 氏

    建築デザインに求められるもの

     大学院修了後、約4年間の修行時代を経て、2007年から独立。北浜の事務所を拠点に、診療所・保育園・住宅などの建築設計を手掛けてきました。その一方、戸当たりや階段のノンスリップなど、「自分が使いたい」建材もいくつかデザインしています。
     建材と建築ではデザインの方向が真逆です。建材の基本は、誰でもどこでも使える大量生産品。一方、建築空間は、特定の誰かのために特定の場所に創られる一品生産です。当然、出来上がる建築デザインも唯一無二のものとなります。以下、建築デザインの固有性について、私自身の作品をもとにご説明します。

    傾斜のある変形敷地に建つ個人住宅

     最初の事例は、福岡市の丘陵地に位置する個人住宅です(写真1)。敷地が非常に特殊で、平面がほぼ三角形。しかも、道路方向とそれに直交する方向に傾斜している。この条件の中で「広いプライベートな庭を確保すること」「どこにいても家族の雰囲気が常に感じられる間取りであること」を求められました。お施主様は、夫婦と女の子2人の4人家族です。
     私の提案は、建物全体を前面道路側と奥側の2つのボリュームに分け、平行にずらして配置するというものでした。屋根勾配も、前面道路側は道路と平行に、奥側はそれとは逆の勾配にしています。
     敷地の外周は、各ボリュームの外壁を延長した塀で囲んでいます。その結果、内側2か所にプライベートな中庭を確保することができました。外壁材は焼杉ですが、道路側は道路と平行に、奥側は押し縁を使って垂直に張ることで、それぞれのボリュームのコントラストを強調しています。
     内部設計については、交通量がある前面道路側のボリュームに玄関・洗面室・浴室・和室を集約。騒音に対するバッファとしました。一方、奥側のボリュームは、傾斜地の高低差を生かした3レベルのスキップフロアを採用。1階下レベルはリビングルーム、1階上レベルは多目的室と主寝室、地下1階レベルは子供室とすることで、ゆるやかに区切りながら家族の気配が感じられる空間に仕上げています。

    丘の上に小さな小屋が並ぶ動物病院

     次の事例は、和歌山市内の都市計画道路に面した場所にある動物病院です。求められたのは、近くの紀の川の氾濫に備えてフロアレベルを約1mかさ上げすることと、待合室・診察室・手術室・入院室など22室を内部に確保することでした。(写真2)
     こういう建物の場合、1棟に全室を収めようとすると窓のない部屋ができてしまいます。幸い敷地が1,000m2近くと広かったので、これを道路側と奥側、南側と北側にゾーニング。各室を幾つかのボリュームにまとめ、中庭を間に挟みながら、ゾーンごとに分散配置することにしました。各ボリュームのデザインには、犬小屋や鳥小屋のモチーフを採用しています。
     このデザインのメリットは、窓のない部屋をつくらずに済むことと、部屋の役割に応じて室内の高さを変えられることです。獣医さんやスタッフと話し合いながら、部屋ごとに異なる高さを採用しました。また待合室には他のボリュームが間近に見えるような大きな窓を設け、開放感を生み出しています。
     都市計画道路に面した現地周辺は、ロードサイド店の大きなサインが目立ちます。それに対して、この動物病院では隣り合うボリュームごとに色彩を変更し、建物全体がサインになるようなデザインを目指しました。おかげで、スロープのある小さな丘の上に、かわいい鳥小屋や犬小屋が並ぶような外観が生まれました。

    駐車場の中の保育園と西景の家

     建築デザインでは、矛盾した希望の両立を求められることもよくあります。たとえば、この保育所は製薬会社の工場従業員向けにつくられたもの。もとはこの工場の管理事務所で、周囲は全部、従業員用の駐車場です。預ける側からすれば便利ですが、遊び盛りの子供の安全をどう確保するかが難問でした。(写真3)
     最終的にはもとの建物を少し増設し、その周りに縁側と大きな庇を設けて、園児が自由に外遊びできる空間としました。縁側の周囲には木製の格子を巡らせ、内と外を柔らかく仕切りながら安全を確保。建物横のオープンスペースも、緑豊かな園庭に生かしました。
     最後の事例は、水田越しに琵琶湖の内湖の風景が広がる西向きの住宅です。(写真3)眺望は非常に素晴らしいのですが、西日もまたきつい。そこで、住宅の軸線を真西から少し北に振ると同時に南側のブロックをLDK側にやや張り出すようにして、日差しを避けながら美しい風景が楽しめるようにしました。屋根のデザインも、季節ごとの太陽高度や方向を考えつつ、周囲の民家と調和するよう配慮しています。
     住宅であれ商業施設であれ、設計作業にはさまざまな制約が付きものです。それをクリアしながら、他にはない唯一の空間を築き上げるのが、建築デザインの醍醐味の一つだろうと考えています。

TEKTON - 日本建築材料協会デザイン委員 -TEKTON - 日本建築材料協会デザイン委員 -