講演会 講演録

  • 2019年6月6日
    マンション大規模修繕概論
    (KENTEN2019特別講演)
    協力:一般社団法人大阪府建築士事務所協会

    匠設計 代表取締役

    一般社団法人 大阪府建築士事務所協会 副会長 辻 裕樹 氏

    建て替えにくいマンションは計画的な修繕を

     国土交通省が毎年発表している、マンションのストック数に関するデータによると、全国におけるマンションのストックは2018(平成30)年末時点で約655万戸。これはどんどん右肩上がりで増える一方となっています。一方新築の年間提供戸数は、以前は約20万戸だったものが現在は半分の約10万戸。
     ご注目いただきたいのが旧耐震基準のストック数なのですが、現時点で約104万戸あります。つまり全ストックのうち約100万戸が耐震不足ということです。
     スクラップアンドビルドならストックはゼロになりますが、マンションは容易に建て替えることができません。皆さんは自分のマンションが築何年で、あと何年住めるよう計画されているかご存知でしょうか。建物はいつ使えなくなるのか、これをある程度予測しないと後で経済破綻を招きます。
     統計的に見ると、場当たり的な修繕を繰り返すよりも、計画的修繕を適正に施したほうが建物は長持ちします。修繕費も計画的に行った場合のほうが抑えられることが分かっています。

    修繕計画は、長期修繕計画書で周到に
     建物の保全ポイントは、大きく耐久性、安全性、快適性、使用性の四つ。具体的には、最大ファクターである躯体、それを守る外装・内装をはじめとして、時代適応、地震安全、火災安全、高齢者対応などです。これらのバランスを客観的に判断していく必要があります。そのために必要なのが長期修繕計画書です。
     まず「何年にどんな工事をどんな予算で行うのか」をグラフ化して可視化します。推定修繕工事費を出し、それに応じて修繕積立金を算出します。将来の工事で資金ショートしないよう修正を加えるなど、前もって何年もかけながら検討していきます。計画修繕なので、計画通り進めるのが原則です。
     建物は予防保全が基本です。老朽して事故が起これば損害賠償費が発生するし、何かとトラブルも起こります。だから計画修繕が必要であり、計画修繕のメインイベントが大規模修繕なのです。

    大規模修繕の意義は保全による資産価値向上と快適性

     全ストックのうち旧耐震建物は約100万戸と申し上げました。2005(平成17)年に耐震偽装問題、いわゆる「姉歯事件」が起こりました。問題になった建物も、旧耐震建物も、共通するのは耐震性がないこと。姉歯事件で世間は大騒ぎしましたが、100万戸ある旧耐震建物はそれほど話題にならなかったのです。命にかかわる耐震性がおざなりにされていると思いました。
     しかし原因は結局のところお金です。長期修繕計画に耐震改修費を計上すると、積立金が跳ね上がってしまうのです。値上げは賛成を得にくいので却下されます。分かっていても手が付けられていないのが現状です。日頃から検討が必要な問題だと思います。
     耐震補強例ですが、アウトフレームをデザイン性も含めて計画する案もあります。水平ブレースによって地下へのスロープの補強を行った例。ブレースを設けると美観を損なうことがあります。耐震補強と同時にデザイン性も考慮できればよいと思います(図1)。
     大規模修繕の意義は、建物を保全し、資産価値を高め、快適な生活を維持すること。これが一番の基本です。美観は本来の目的ではありませんが、陳腐化を防ぐという意味で大切なことです。また、修繕に合わせて改良も行いましょう。「老い」を防ぐだけでなく、「若返り」工事も必要です。
     例えばファサードを洗練されたデザインに改良することによって、入るのが楽しくなるような魅力ある入口にすることも、資産価値向上のための一要素です。昭和の香りただようエントランスを今風にしたり、コストの高い機械式駐車場を自走式にしたりすることもよくあります(図2)。

    大規模修繕の大きな流れについて

     マンション管理の主体は、区分所有者である住人の皆さんです。区分所有者はその管理を行うための管理組合を構成し、管理組合が主体となってマンションを管理しなければなりません。
     マンションは、販売時点の初期性能から、小さい修繕を重ねながらも当然経年劣化していきますが、たいていは10~15年程度で1回目の大規模修繕を迎えます。大規模修繕で重要なのは、修繕だけでなく改良も施すことによって初期水準より性能を上げることです。これが資産価値を維持するためのポイント。その時代の最新マンションには及ばないかもしれないが、見劣りしないものにする必要があるのです。このように修繕と改良を合わせたものを改修工事と呼びます。
     大規模修繕の基本的な進め方を示しました(図3)。修繕計画は余裕を持ってじっくりと進めていく必要があるため、準備から完了まで2~3年くらいかかります。業務に精通した専門家に依頼して舵取りしてもらうのが最もスムーズでしょう。とはいえ質の悪いコンサルタントがいるのも事実なので、専門家の選定は難しいものです。
     その後、建物の劣化診断調査を行い、アンケートやヒアリングで住民のニーズも把握して、何をポイントに大規模修繕を実施するかを決めます。ヒアリング調査はとても大事です。マンションのことを詳しく知っているのは他でもない住民の方々であり、その意見や希望を確認するのは当然のことです。

    劣化診断調査と住民の声を総括して工事に反映

     現地調査ではまず目視・触診・打診を行います。鉄部の劣化状況調査、外壁や上裏(あげうら)の仕上材打診調査ほか、最近ではアスベスト含有チェックも行われています(図4)。各種機器を使った調査もあります。外壁塗膜付着強度試験(既存途膜の上に塗装できるか)、外壁タイル付着強度試験(安全性)、コンクリート中性化試験(建物の寿命予測)、シーリングのサンプリング調査などです。
     劣化診断調査の結果は、報告会を実施して全住民に報告します。そこで交わされた意見をもとにつくった修繕設計を、また説明会で住民に報告するわけです。
     こうして修繕箇所の部位・数量・仕様を決定し、概算工事費を決定します。工事会社は、書類、見積、ヒアリングで審査して選定し、最終的に管理組合の総会で決議されます。工事会社選定後、コンサルは契約通りに工事が進んでいるかを監理します。完成引渡し後は、材料ごとに保証書をとり、後々の修繕に備えます。
     発表は以上ですが、本日お伝えし切れなかった内容も多かったので、疑問やご意見などはまたご遠慮なくお問い合わせください。

TEKTON - 日本建築材料協会デザイン委員 -TEKTON - 日本建築材料協会デザイン委員 -